はじめに
2026年9月27日。
ようやく、ピボット旅行の3日目が始まりました。この日の天気も雨。尾道に行くというメインイベントは終わりました。では、この日をいかに充実させて過ごすか?
その前に、必須ルーチンが待っていました。
日記です。
ただし、単に日記を書くだけではありません。今回の旅行で筆者が利用したのは、脳内のゴリラルームが持つ、ある種の「自動書記」状態でした。
脳内の自動書記とは
まず、自動書記とは何か。ここで言う自動書記は、何か神秘的な力に導かれて文字を書くという話ではありません。
起き抜けのルーチン。顔を洗い、歯を磨き、ベッド周りを整える。いちいち「さて、次は歯を磨こう」と考えなくても、身体が勝手に動く、あの状態です。
筆者は、これを日記を書くところまで拡張しています。
頭が完全に覚醒する前に、いつもの手順の延長として筆記を始める。そうすると、書くか書かないかを判断する前に、既に手が動いているわけです。
何しろ、人間というものは、やる理由を見つけるのは大変ですが、やらない理由を見つけるのは非常に簡単です。ならば、そもそも「今日は書こうか、どうしようか」という判断を挟まなければいい。
これが、今回利用した自動書記の正体です。
なぜ日記を書くのか
これはもう、筆者の意地みたいなものです。かれこれ、ほぼ日手帳は2020年から再開し(再開、と言うのがポイントです)、2021年1月からは、全ての日付のページを埋めています。
「朝起きて着替えることを習慣とは言わない」
というレベルでやっています。
なぜ日記を書くのか? 生存報告みたいなものです。そのとき何を感じたか、どこへ動いたか、何が起きたか。そのまま記録する。
その時点での自分が何を考え、どう動いたのか。それを残しておけば、後からいくらでも振り返ることができます。そして、一度記録してしまえば、後はどうとでもなる。
旅行記を書くにしても、ブログの記事にするにしても、まずは材料があることが重要です。記憶だけを頼りにして、数日後に「あれ、あのとき何を考えていたんだっけ」となるのは避けたいところ。
だからこそ、「とにかく書いた」という事実が重要なのです。
サボるときはサボるが、書くときは書く
ところが、筆者の日記の書き方は、少々特殊です。
「4日~5日ほどすっ飛ばす」ときがあります。
理由は簡単。
「筆が乗らないから」。
ええ、言い訳としては百点満点ですね。しかし、筆者は「今日は一行書いたから日記にはしよう」とはなりません。なぜなら、「このページは書いていない」という事実を知っている人が確実にいるからです。
ほかならない、筆者自身です。
書いていないものを、書いたことにはできない。そのため、「4日ほどサボったら、5日分書き上げる」ということを半ば習慣にしています。
サボること自体は否定しません。筆が進まないときは進まないのですから、そこは仕方がない。ただし、サボった分は後で回収する。
このあたり、妙に律儀なのか、それとも単に面倒な性格なのか。おそらく両方でしょう。
そこで役立つ自動書記状態
さて、そんな筆者にとって、数日分の日記をまとめて書く作業は、なかなかの難敵です。人間、「やる理由」を見つけるのは大変ですが、「やらない理由」を見つけるのは非常に簡単です。
そして、筆者のサボり癖は、筆者自身が一番よく理解しています。
筆が進まないときは、書く必要がないように思えてしまう。明日でいい、後でいい、今は別のことをしよう。
そうしているうちに、未記入のページが増えていく。しかし、ここまで続けてきた記録の連続(ストリーク)を無駄にするのは、何かに負けるような気がして嫌すぎる。
そこで利用するのが、起き抜けの時間帯です。
頭が完全に覚醒する前なら、余計な判断を挟まずに作業へ入れます。「今日は日記を書くべきか」という議論を脳内で始める前に、既に筆記を始めてしまう。
意志の力で自分を奮い立たせるのではなく、意志の力を使わなくても作業が始まる状態に持ち込むわけです。
脳内のゴリラルームによる、なかなか合理的な時間管理と言えるでしょう。
筆記器具を持ち込んだ理由
もちろん、ただ起き抜けに手帳を開けば、すらすら書けるというものでもありません。
今回の旅行では、筆者が愛用している万年筆を、別便を利用したこともあって一切合切持ち込んでいました。
これにも理由があります。気分によって使いたい色が違う。それに伴って、筆記時の滑り心地も違う。
筆者の脳が「これならすらすら書けるな」と判断する組み合わせがあるのです。
日記を書くという作業そのものを習慣化していても、実際に手を動かすまでの抵抗がゼロになるわけではありません。
だからこそ、道具の力も借りる。

書き始めるまでの障壁を下げ、書き始めた後は勢いに任せる。自動書記状態を利用するのであれば、筆記環境も整えておくに越したことはありません。
こういうところだけは、妙に抜かりがないのです。
動き始めた筆
そして、実際にどうなったのか。9月27日の朝、日記は9月25日で止まっていました。つまり、旅行中の記録が2日目の途中までしか埋まっていなかったわけです。
そこで、脳が完全に動き出す前に書き始める状態へ持ち込みました。結果、1ページあたり約6分のペースで、9月30日分まで書き上げました。
繰り返しますが、これを成し遂げたのは9月27日です。まだ9月27日の朝だというのに、9月30日分まで書いている。
日記の日付を、現実の時間より先回りしてしまったのです。もちろん、未来に起きることを予言して書いたわけではありません。
書いたのは、今回のピボット旅行についてです。何を思ったか。何が起きたか。そこに至るまで、どのような意思決定をしたか。
今回の旅行は、当初の計画からさまざまなピボットを重ねています。そうした判断の経緯まで記録していくと、1日1ページでは到底収まりません。
そこで、ほぼ日手帳の日付の下のスペースに「9/25」などと実際の日付を書き込み、記録を続けていました。
手帳に印刷された日付と、記録している出来事の日付が一致しなくても構わない。
重要なのは、出来事を忘れないうちに記録しておくことです。後でブログにまとめる際にも、このときの記録があれば、旅行中の判断を含めて再構成できます。
何より、数日分をまとめて書くという作業を、旅行中に片付けられたのです。
時間経過
起きたのは、4時50分ごろ。
そこから歯を磨いたり、顔を洗ったり。着替える前に日記を書き終え、着替えや、この時点での荷物チェックまで済ませたのが6時50分でした。
約2時間で、身支度の一部と日記の追いつき、さらに荷物の確認まで完了。我ながら、脳内のゴリラルームのタイムコントロールはいい仕事をしています。
……というよりも、今回は「この時間帯でなければ朝ご飯に間に合わない」という事情がありました。
せっかく高松まで来たのです。うどんの都の名物を、朝からいただきたい。
しかも、目指すのは朝早くから営業しているうどん店です。のんびりと寝坊している余裕はありません。
日記を書くべきか、書かざるべきか。そんな脳内会議を開いている時間もありません。
だからこそ、起き抜けの自動書記を利用し、必要な作業を先に片付けた。
こうして、午前6時50分。筆者は手帳を閉じ、朝の高松へ出発する準備を整えたのでした。
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