はじめに

徳島上陸――と書きましたが、実際には「船室を引き払ってから接岸するまでの間」があります。

荷物をまとめ、下船の準備を終えて、あとは船が港に入るのを待つ。

その時間に外を眺めていて、ふと思いました。

そもそも、なぜ東京発着の長距離フェリーは、こんなに少ないのだろう?

今回乗ったのは、東京・徳島・新門司を結ぶオーシャン東九フェリーです。2026年現在、東京・有明から長距離を結ぶカーフェリーとしては、この航路が存在します。

では、東京湾には他にどんな「人と車両を乗せられる定期船」があるのか。

思ったからには調べずには居られない性分。いつものように、手元に持っている金属とガラスの板に聞いてみます。

疑問「需要に対して供給が少ないのでは?」

「東京湾発着の、人・車両を乗せられる定期運航便は?」

そう聞いてみると、だいたいこんな感じでした。

2026年現在、東京湾周辺の定期運航便

航路種別該当する航路・船会社発着地特徴
長距離カーフェリーオーシャン東九フェリー東京港(有明)~徳島~新門司東京発着の長距離カーフェリー
短距離カーフェリー東京湾フェリー久里浜(神奈川)~金谷(千葉)東京湾口を横断するカーフェリー
離島航路(貨客船)東海汽船竹芝桟橋~伊豆諸島旅客輸送と島しょ部への物流を担う
離島航路(貨客船)小笠原海運竹芝桟橋~父島小笠原諸島への定期航路
  • 東京湾フェリーは久里浜~金谷を約40分で結ぶ航路です。
  • 伊豆諸島や小笠原諸島への船便については納得できます。東京都内から東京都の島へ行くのですから。

一方で、久里浜~金谷は東京湾口を横断する短距離航路。

そうなると、東京港から四国や九州へ向かうような長距離カーフェリーは、実質的にオーシャン東九フェリーが目立つ存在になるわけです。

「海なんて広いんだから、いくらでも船を走らせればいいのでは?」

そんな風に楽観視していた時期が私にもありました。

レベルでした。

調べていくうちに、東京湾という場所が、どうもそんな単純な話ではないことが分かってきたからです。

1. 「1,400m」という数字の罠と、浅瀬の怖さ

東京湾口には浦賀水道航路があります。陸上の感覚で考えれば、1kmを超える幅というのはかなり広く感じます。

ところが、ここを通る船を見ると印象が変わります。

海上保安庁の現在の航行予定を見るだけでも、全長200m以上の「巨大船」が普通に登場します。

2026年10月6日の浦賀水道航路の入航予定を見ると、1週間分で381隻が予定されており、全長332mの大型タンカーまで含まれています。

つまり、

「海だから広い」

ではなく、

「巨大な船が、巨大な船同士で交通整理をしながら通っている」

という場所です。しかも、東京湾の中央部には浦賀水道航路や中ノ瀬航路が設定され、その周囲には浅瀬や複雑な地形があります。

船は自動車のように、好きなところを走って好きなところで止まれるわけではありません。

速度が出ている巨大船を、その場でピタッと止めることもできません。

舵を切れば船体が旋回するまでに時間がかかり、深く喫水した船は、航路を外れれば浅瀬との余裕も失います。

「広い海の上を自由に走っている」のではなく、「巨大な船が通れる水深と交通ルールを確保した場所を、順番に通過している」

と考えたほうが実態に近く、この海域は決して閑散としていません。

海上保安庁の資料では、東京湾では大型コンテナ船やLNG船などを含め、1日約500隻が航行しているとされています。さらに浦賀水道・中ノ瀬航路は1日の船舶通航量が500隻を超える国内有数の主要航路です。

これでようやく、

「海なんだから、船を増やせばいいじゃない」

という最初のアントワネット的な暴言(言ってない)が、言うほど簡単ではないです。

2. たった1隻の事故で「東日本が死ぬ」……?

「1隻事故を起こしたら東日本が即死する」という話ではありません。

ただし、「ここで大規模な事故が起きると、影響が東京湾の中だけで収まらない」

というのは、かなり現実的に想像できます。

東京湾の周囲には、東京港、横浜港、川崎港、千葉港などの主要港湾が集中しています。

さらに湾岸部には石油コンビナート、LNG基地、火力発電所など、エネルギー供給に関わる施設も集積しています。

  • コンテナが止まる
  • 燃料やエネルギー関連の船舶が止まる
  • 港そのものの入出港が滞る
  • その結果として陸上の物流にも影響する

という、おじゃまぷよどころではない連鎖が発生します。

(実際、関東地方整備局も、東京湾で海上災害による航路閉塞が発生した場合、コンテナ物流の停滞などを通じて我が国の経済活動に支障が生じる可能性を明記しているそうです)

だから東京湾では、

「事故を起こさない」だけではなく、「事故が起きても、できるだけ早く航路を復旧させる」

ところまで含めて考えられています。

災害時の航路啓開を目的とする「緊急確保航路」に東京湾が指定されているのも、その一例です。

3. 圧倒的に強い海運

ここまで来て、ようやく最初の疑問に戻ります。

なぜ東京発着の長距離フェリーが、もっとたくさんないのか。

その理由を考える前に、そもそも海運で何を運んでいるのか という哲学的な問いからスタートします。

結論から言えば、海運、強すぎます。一度に運べる量が、とにかく大きいです。

国土交通省の資料によれば、内航フェリー・RORO船は、一度の航行で100台以上のシャーシ等を運ぶことがあります。

しかも2023年度の輸送量当たりCO₂排出量は、

  • 営業用トラック:207g-CO₂/トンキロ
  • 内航海運:42g-CO₂/トンキロ

となっており、内航海運はトラックの約5分の1です。トラックを100台走らせるのではなく、「船に積んで、まとめて運ぶ」という発想だからです。

ここに大首都圏(1都3県)でおよそ 3,700万人の人口を支える海の玄関口という側面が見えてきます。

「東京湾にもっとフェリーを増やせばいい」

という発想そのものが、少し違って見えてきます。東京湾はすでに、ものすごい量の船を使って、ものすごい量の物資を運んでいます。

4. 「だからこそ」海運は厳重に管理されている

ここで、最初の「東京発着のフェリーが少ない」という疑問に戻ります。

東京湾で必要なのは、「船を増やすこと」ではなく、「今いる船を安全に流し続けること」です。

実際、東京湾にはかなり本気の交通管理体制があると、その金属とガラスの板は説明を続けます。

東京湾海上交通センター

東京湾では、海上保安庁の東京湾海上交通センターが船舶の動静を把握し、情報提供や航行管制を行っています。

2018年には東京湾海上交通センターと東京・横浜・川崎・千葉の4つの港内交通管制室を統合。

東京湾への入域から各港への入港までを一体的に把握し、管制計画を策定できる体制になっています。

空港周辺の管制そのものです。そして今日も、その管制室のコントロールルームには大量の船が並んでいます。

水先人

さらに大型船には、水先人が関わります。水先人は、その海域の地形や水路、潮流などに精通した専門家です。

東京湾は「強制水先区」に指定されており、東京湾の横須賀・川崎を除く水域では、原則として1万総トン以上の船舶が水先の対象です。(定期旅客船やフェリーは、強制水先の対象から除外されています)

  • 船の種類
  • 運航形態
  • 船長の経験

などを含めて、「こっから先は案内なしに航行するな」という制度があります。

おわりに:フェリーの窓から見えた『東京湾決戦』

今回、船室を出て接岸を待っている間に上記を調べて思ったこと。『沈黙の艦隊』で海江田艦長が指揮する「やまと」を護衛していた「たつなみ」の深町艦長が

「実はとんでもないモノを背負っていたのでは?」

と痛感です。補給・修理を終えて東京湾(まさに、上記に述べた浦賀水道)を突破しようとする「やまと」とそれを阻止する米国原潜群(尤も、平均水深30mの該当海域では大型潜水艦はその機動力を発揮できませんが)。

この、「浦賀水道が止まれば大首都圏の物流も死ぬ」プレッシャーを背負いながら第七艦隊の原潜を完封した「たつなみ」やべぇな、思いました。

まぁ、こういう胡乱なアイディアが生まれる程度には、「フェリーのゆっくりした旅路、最高!」という形で、ようやく、船もこの旅行記も四国に上陸です