はじめに
英語の慣用表現に everything but the kitchen sink という言葉があります。
持ち出すことがほぼ不可能な「重くて固定された流し台」だけを残して、持てるものは何でもかんでも全部持って行く、という大げさな比喩(誇張表現)から生まれています。
旅行のパッキングに限らず、「準備や買い物などで荷物や要素を詰め込みすぎている」場面でよく使われます。
なんというか、「筆者のためにある」ような言葉です。
旅行の準備をしていると、あれも必要、これも必要、あると便利、ないと困る、という具合に持ち物が増えていきます。しかも、筆者の場合は単純に生活必需品だけではありません。旅先で書き物をするための手帳や万年筆、写真を撮るためのカメラ、情報を確認したり文章を書いたりするためのデジタル機器など、趣味と実用が混ざり合った結果、持っていきたいものが際限なく増えていくのです。
もちろん、持ち物を厳選すること自体は合理的です。しかし、旅先で「あれを持ってくればよかった」と後悔するくらいなら、最初から持っていきたい。
問題は、それらをどうやって運ぶかです。
何でも持っていきたいが鞄には制約がある
故林家こん平師匠が『笑点』で言っていた「私の鞄の中には若干の隙間が残っています」。
筆者にそんな隙間は存在しません。
いや、正確には、隙間があればそこに何かを詰め込もうとするので、結果的に隙間がなくなるのです。パッキングの段階で「まだ入る」と判断してしまうのは、ある意味で才能なのかもしれません。もっとも、旅行鞄の容量には限界があり、物理法則は筆者の趣味嗜好に合わせてくれません。
しかも、今回の旅行では、荷物を詰め込めばそれで済むわけではありませんでした。
フェリーで移動し、宿を拠点にして周辺を巡り、前提として自転車で動く(雨でそれはなくなりました)。移動中に持ち歩く荷物と、宿に置いておく荷物を、きちんと分ける必要があります。
すべてを一つの鞄に押し込めば、持ち運ぶだけで一苦労です。かといって、持ち物を大幅に減らせば、旅先でやりたいことまで削ることになってしまいます。
そこで発想を転換しました。
荷物を減らすのではなく、荷物を運ぶタイミングと場所を分ければいい。
要するに、全部を持っていく。ただし、全部を一度に持ち歩く必要はない、ということです。
なので選んだ拠点型旅行
今回の旅行で拠点型の旅程を選んだのは、移動そのものを減らすためだけではありません。
同じ宿に連泊すれば、到着時に荷物を展開したあと、毎朝すべてを鞄に詰め直す必要がなくなります。必要なものだけを持って外出し、帰ってきたら宿に置いておく。それだけで、日中の行動に使える荷物の量を大幅に減らせます。
宿を転々とする旅行では、翌朝の出発を前提に、持ち物をすべてまとめ直さなければなりません。充電器も、着替えも、手帳も、使い終わったら再び鞄の中へ。荷造りをするたびに、荷物全体が移動の対象になります。
一方、拠点型なら、宿の中に「ここで使うもの」と「外へ持ち出すもの」という区分を作れます。
これは単に楽をするための工夫ではありません。荷物を持ち歩く負担と、荷物を使う自由度を切り離すための工夫です。
何でも持っていきたい人間にとって、持ち物を減らすことは趣味や行動の選択肢を減らすことにもつながります。しかし、拠点を定めてしまえば、持ち物そのものを諦めずに、持ち歩く量だけを減らせるのです。
もちろん、宿泊費や移動経路など、旅程全体との兼ね合いはあります。それでも、荷物の多さが旅行の自由を奪ってしまうのなら、旅行の組み立て方そのものを変えてしまえばいい。
これもまた、今回の「ピボット」の一つでした。
拠点で使うためのものの別便
そこで、衣服等を前もって拠点となる宿に送っておきました。
今回の方法では、移動中に必要なものと、宿に到着してから必要になるものを、あらかじめ別々にしておきます。着替えなどのかさばる荷物を先に送っておけば、自分が持って移動する荷物に、すべてを詰め込む必要はありません。
この利点は、まず移動中の負担を減らせることです。
フェリーに乗るまでの道のりでは、駅からの移動、乗船手続き、船内での行動など、荷物を持って動く場面が続きます。そこに数日分の衣服まで加われば、鞄は大きくなり、重くなり、何かを取り出すたびに一仕事です。
先に送っておけば、必要なものは必要な場所に到着している。自分自身は、そこまでの移動に必要なものを持っていけばいいわけです。
もちろん、宅配便を利用する以上、送料もかかりますし、荷物が届くタイミングも考えなければなりません。しかし、これは荷物を消滅させる魔法ではなく、運搬を自分の肩から物流サービスへ移管する仕組みです。
また、「荷物の総量は変わらなくても、鞄の大きさをある程度小さくできる」というのは極めて重要です。
これは筆者がインバウンドの人たちと多く遭遇。マナーを伴わない方々ほど荷物が多く、しかも、電車の入口に陣取っています。なんというか、そういう人たちを見る度に筆者の脳内のエジンベア兵士が
「こんにちは、いなかの人!」
と挨拶をしたいようなレベルです。自分が人にそう言いたい衝動に駆られる以上、人にそう言われるのは本意ではありません。
そのため、一般的な旅行に(要は空港の手荷物として網棚に乗せられるような)キャリーのまま、旅行中に発生する着替えや、旅行中に買ったお土産を一度に送れる。
もちろん、余分な送料は必要ですが、「それで行き帰りのストレスが減る」ならば喜んで支払います。ましてや筆者は車を使わないので。
それがもたらした意義
こうして、旅先で使うものを先に宿へ送り、自分で持ち歩くものを絞ることで、旅行中の荷物を用途別に分離できました。
必要なものを我慢して置いていくのではなく、使う場所にあらかじめ置いておく。考えてみれば、ごく当たり前の物流の話です。
しかし、個人旅行では、荷物をすべて自分で運ぶことを前提に考えてしまいがちです。自宅から駅へ、駅から船へ、船から宿へ。その一連の移動に、すべての持ち物を付き合わせる必要はありません。
今回の方法では、移動中の荷物と、拠点で使う荷物を切り分けたことで、持っていきたいものを維持したまま、行動時の負担を減らすことができました。
これは、単にパッキングがうまくいったという話にとどまりません。
旅先で何をするかを考え、そのために必要な道具を用意。当日になって「今日はお前を採用する」というロースターを組んでおく。
少なくとも筆者にとっては、こちらのほうが性に合っていました。
機動性を良くするための余分なバッグ
そして、荷物を分ける工夫は、宿に送る荷物だけでは終わりません。
そこに入れていたのが、小さなリュックです。

小旅行では持っていけない大仰な手帳・万年筆一式、そしてThinkPadは拠点に置いておき、それ以外のカメラやiPad、そしてモバイルバッテリーを持っていく。
これによって、宿に戻れば本格的な書き物やPC作業ができる一方、外出するときは必要最低限の機材だけで動けます。
ThinkPadはThinkPadで、旅行中に何かを書いたり、調べたり、記録をまとめたりするには便利です。しかし、ちょっとした散策や買い物にまで毎回連れ出す必要はありません。手帳と万年筆も同様で、腰を据えて書く時間があるならともかく、歩き回る時間まで一式を携行する必要はないのです。
その一方で、カメラは持っていきたい。iPadも使いたい。モバイルバッテリーも必要になる。
結果として、小さなリュックが必要になりました。
「余分なバッグ」と書くと、荷物が増えただけのように見えるかもしれません。しかし、これは荷物を増やすための鞄ではなく、持ち歩く荷物を限定するための鞄です。
大きな荷物を宿に置き、小さな鞄だけを持って出る。帰ってきたら、撮影した写真を確認したり、ThinkPadを開いて作業したりする。
荷物を二つに分けたことで、それぞれの荷物が本来の用途に集中できるようになりました。
大きな荷物を持っていくことと、身軽に動くことは、必ずしも矛盾しません。必要なのは、どの荷物をいつ持つのかを決めておくことでした。
スーパーでの買い物に役立った保冷バッグ
今回のMVPです。
この保冷バッグ、元はといえば弁当用のランチバッグとして買っていたものでした。このスリザリンの紋章が入った内側アルミ張りの保冷バッグが、スーパーでの買い物のみならず、東京駅からフェリーまで駅弁を持っていくのにも役立ちました。
旅行に持っていく道具というと、カメラやモバイルバッテリーのような、いかにも旅行用品らしいものを考えがちです。しかし、実際に役立つ道具は、必ずしも旅行専用品とは限りません。
普段の生活で使っているものが、旅先でもそのまま活躍することがあります。
今回の保冷バッグがまさにそれでした。
スーパーで買い物をすれば、冷蔵品や冷凍品を持ち帰ることになります。宿を拠点にしていれば、買ったものを持って帰る場所もあります。そこで保冷バッグがあれば、購入した食品をまとめて運べます。
さらに、東京駅で購入した駅弁をフェリーまで持っていくときにも活躍しました。移動中に食べるものを確保しつつ、持ち運びやすくしておく。単純なことですが、こうした小さな工夫が旅行中の快適さを左右します。
そして何より、スリザリンの紋章入りです。
単に機能的なだけでなく、普段から使っている自分の持ち物を旅行にも連れていく。そういう意味でも、ちょうどよい道具でした。
大げさな旅行用品を新しく買い揃えるのではなく、手元にあるものを別の用途にも活用する。これもまた、持ち物を減らさずに旅行を成立させるための方法です。
今回の旅行で、保冷バッグは食料品を運ぶという実務面でも、駅弁を持って船に乗るという移動面でも、しっかり働いてくれました。
まさにMVP。流し台以外のものを何でも持っていこうとする人間にとって、こうした小道具の働きは侮れません。
そうして買ったもの
ここでようやく、初日の食べ物のお話。スーパーの見切り品となった

- パック寿司
- アンキモ
- うどん
- 月見団子
このチョイスとしては、パック寿司はそのまま食べられるため、レンジを利用することはありません。アンキモも同様です。月見団子は、この日が中秋の名月(2026年9月25日)だったというのも大きいです。

別視点として「ここの土地の人たちの基準の味付け」を得るためにあります。出汁の使い方、好みなど地方によって千差万別です。
その偏差を利用してよりよく美味しくいただくという舌の準備も兼ねています。
そんな中で食べた香川の「文化」うどん。それをシンプルにいただくための素うどんを買ったのですが……
「え? 茹でてから確実に数時間は経っている(へたしたら半日)でこの腰?」
「なんだこの滑らかさ」
というぐらいで、時間が経っていても、ひいきをしても「これは、違う……」でした。ゆでたてを食べて、検証せねば……
思いながら、この旅行で初の「揺れない部屋」の一夜は過ぎていきました。