今回、尾道での行動がうまく組み上がったのには、もう一つ理由があります。
筆者には、昔から妙な特技があります。
タイムコントロールが異様に得意なのです。
目的地までどうやって時間を過ごすか。そこまで歩くのに何分かかり、現地でどれぐらい滞在できるのか。そうした見積もりと実際の所要時間が、妙によく合います。
そのため、電車の待ち時間を単に過ごすだけではなく「ここまで楽しめる」も成立します。
もちろん、時計を見ずに何でも正確に当てられるという話ではありません。移動経路や目的地でやりたいことを把握したうえで、必要な時間を割り振り、実際の行動に合わせて調整する。これが、筆者はどうも得意らしいのです。
そして、この能力がゴリラルームの考え方と非常に相性がよかったというお話しです。
残された時間から逆算する
今回の尾道では、『パン屋行路』で買ったパンを商店街のベンチで食べ終えた時点で午前9時。そして、お昼のために午前11時20分には、もう一度この場所へ戻ってきたい。
つまり、使える時間は約2時間20分です。では、その時間で何をするか。
ここで筆者が選んだのは、千光寺公園まで徒歩で向かうことでした。
ロープウェイを利用すれば、山頂まで一気に移動できます。いわば垂直方向のショートカットです。しかし、駅から乗り場まで移動し、乗車を待ち、山頂から目的地へ歩くことまで考えると、必ずしも水平移動を含めた全体の時間が短くなるとは限りません。
垂直方向のショートカットは、必ずしも水平移動のショートカットではない。
これが今回の判断です。
徒歩であれば、自分のペースで進みながら、尾道の街を歩く時間そのものも楽しめます。目的地に着くためだけの移動ではなく、その過程も旅行の一部にできるわけです。
体調と体力も、計算に入れる
筆者が移動時間を見積もるとき、考慮するのは地図上の距離だけではありません。
その日の体調と体力で、どれぐらい動けるのか。
これも判断材料になります。ただし、ここには条件があります。初めて訪れる場所ではなく、何度も歩いたことのある場所であること。
既知のコースであれば、どこに坂があり、どこで足を止めたくなり、どれぐらい歩けば目的地に着くのか、おおよその感覚が身についています。そこに、その日の体調や体力を加味すれば、実行可能な移動時間を見積もりやすくなります。
さらに、逆算して「どこまで歩けるか」を考えることもできます。
午前11時20分には戻りたい。ならば、往復の移動時間を確保する。途中で見る場所や写真を撮る時間も必要になる。そうすると、どこまで進めるのか、どこで折り返すべきなのかが見えてきます。
単に「行けるところまで行く」のではなく、帰ってくる時刻から逆算して、行動できる範囲を決めるのです。
もちろん、これは何度も歩いた場所だからこそ成立する見積もりです。知らない道や、予想外の勾配、足元の状況まで正確に計算できるわけではありません。
今回は、何度も歩いている千光寺公園までのコースが頭に入っていました。あとは、そこに新しい変数を加えればよかったのです。
それが「雨の歩きづらさ」でした。
既知のコースに「雨」という変数を加える
晴天時なら、この道を歩くのにどれぐらい時間がかかるか。雨天なら、足元に注意するぶん、どの程度余裕を見込むべきか。現地で何を見て、どこまで回れば、午前11時20分に戻ってこられるか。
頭の中で、そうした条件を加えながら行動をシミュレーションしていきます。
もちろん、雨の影響を秒単位で計算できるわけではありません。しかし、コースそのものを知っているからこそ、普段との違いを考慮して、現実的な時間配分を組み立てられます。
知らない道を手探りで進むのと、知っている道に新しい条件を加えて歩くのとでは、必要な判断の量が違います。
そして、ここまで組み立ててしまえば、あとは現場で状況を見ながら進めばいい。
ゴリラルームがやっていること
WWEのゴリラルームも、決められた放映時間の中で番組を成立させなければなりません。
試合を盛り上げたい。選手の見せ場も作りたい。しかし、CMや次の番組進行や思わぬアクシデントの兼ね合いがあるため、好きなだけ時間を使うわけにはいきません。
残された時間を把握し、その中で何を見せるかを決める。状況が変われば、進行を調整する。
筆者が旅行中に行っていることも、構造としてはこれに近いのです。
午前11時20分という帰還時刻は固定する。その一方で、そこまでの経路や、現地でどれぐらい時間を使うかは調整できる。
「『時間』は守る 時間の『中身を充実させる』 『両方』やらなくっちゃあならないってのが旅人の辛いところだな……」
という感じです。その覚悟を決めるために脳内ゴリラルームが機能したのだと思います。
そもそも筆者は、旅行中に時間を見積もり、体調と体力を加味し、配分し、必要に応じて組み直すことを普段から行っていました。ゴリラルームという概念は、まったく新しい能力を授けてくれたのではありません。
すでに使っていた能力に、判断を組み立てるための名前と場所を与えてくれた。
雨で自転車を諦めたことも、朝食を買いそびれたことも、単なる予定変更では終わりません。(もちろん、前者に関しては大いなる苦渋の決断がありました)
再掲すると午前9時。お昼まで約2時間20分。目的地までの道は知っている。自分の体力も、おおよそ分かっている。ただし、今日は雨。
この条件から千光寺公園までの徒歩移動を選んだ時点で、筆者の脳内では、すでに次のストーリーラインが走り始めていたのでした。
尾道、こんなに歩きやすかったんだ
千光寺公園まで続く急な石段を登っている最中、筆者は妙なことを思いました。

「尾道、こんなに歩きやすかったんだ」
尾道には何度も来ています。千光寺周辺も歩いています。しかし、これまでの記憶を振り返ると、夏の盛りや残暑の厳しい時期に歩いていたことが多かったのです。

暑さそのものが体力を奪い、坂や石段を登るだけでも一苦労。しまなみ海道を自転車で走ったあとに尾道へ到着していたこともありました。町歩きの前に、すでに相応の疲労を抱えていたわけです。
ところが、今回は違いました。
- 暑さによるデバフがない。
- しまなみ海道を走ったあとの疲弊もない。
- 雨には注意が必要ですが、気温の面では歩きやすい。
同じ町、同じ坂、同じ石段なのに、体の感じ方がまるで違うのです。
これまでの筆者は、尾道という町そのものを歩きにくい場所だと考えていたわけではありません。それでも、過去に歩いたときの体験が積み重なれば、その印象が基準になります。
しかし、その印象には、夏の暑さや自転車で走ったあとの疲労という条件が混ざっていました。
その条件が取り除かれたことで、初めて気づくことがあったのです。
尾道は、こんなにも歩くこと自体が気持ちいい町だったのか。
時間を逆算し、体力を見積もり、既知のコースを進んでいたはずが、そこで得たのは予定表には書き込めない発見でした。
そして、千光寺で待っていたのは、さらに別の出来事です。

向こう10年は撮れないであろう写真に出くわした。
時間を管理していたからこそ、そこまで歩いてくることができた。しかし、その時間を使って何に出会うかまでは、事前に決められません。
この、特別な一枚については次のエントリーで紹介できるでしょう。