はじめに

とんでもない商店街だと理解らされた筆者に、更なる物欲が待っていました。

筆者のお茶の運用

ルピシア。筆者お気に入りのフレーバーティーを多数揃えており、筆者の「フレーバーティーという名の沼(1773年のボストン港ではないことに注意)」に、際限なく茶葉と水を供給し続けてきたお店です。

ただし、筆者には「買ったお茶を確実に飲みきる」という信条があります。

そのため、茶葉ごとに管理番号を振り、入手日・開封日・消費完了日を記録しています。種別やベース、購入先も管理対象です。

2025年はルピシアが中心で、80銘柄を記録しました。

2026年は様子が変わっています。大容量の茶葉を扱うボンマルシェを中心に、お気に入りを続けて飲むスタイルへ移行。カルディなど、ほかのお店で出会ったお茶も飲むようになりました。

項目2025年2026年
主な購入先ルピシアボンマルシェ、カルディなど
購入スタイル福袋中心好みのお茶を個別購入
飲み方幅広く試すお気に入りを続けて飲む
管理入手・開封・消費日を記録同じ方法で継続

背景には、昨今の値上げラッシュがあります。福袋は確かにお得ですが、好みでないお茶が混じることもあります。お気に入りでないお茶とは言え、手元にある者は飲みきる性分。

それならば、お気に入りをじっくり飲みつつ、新たなブレンダーのお茶を味わうのも一興です。

こうして筆者のお茶の運用は変化していました。

そして、ルピシアへ

そんな中でのルピシアは、「地元に行けば荷物も増えなくて済むし……」ぐらいの勢いでした。

しかし、前項でお話ししたとおり、秋雨が降り注いでいます。ここで時間を過ごすと決めた以上、入るのも一興です。

店内に入ってすぐのところで、見てしまいました。見つけてしまいました。

「四国限定フレーバーティー/ルイボスティー」

試供品の香りを確かめます。

あるのがいけない!! あるのがいけない!!

買っていました。何という即落ち2コマ。

ルイボスティーはそれほど飲まない筆者がカゴに入れたのですから、相当です。

追加で買った理由

さて、翻って。筆者は既に尾道で結構な量のお茶を買っています。そのうえで「倍プッシュ」に等しい買い物をしたのは「ハードルが低くなった」からです。

筆者の座右の書『オサムシ教授の事件簿』に以下のくだりがあります。

少し前 世間では
『なぜ人を殺してはいけないのか?』
という問が流行したそうだ
君はどう思う?

人類の歴史は人殺しの歴史…
人は人を殺すものだから――――
でしょう?

そうだな
いつまでも互いに殺し合っていては
種の繁栄にマイナスだからだ
私は人間が勝手に作った
常識や法律のほとんどを
下らんと思っている
だが人は殺さない
なぜだと思う?

人を殺すと殺し続けなくてはいけなくなるからだ

人は慣れてゆく生き物だ
良くも悪くもどんなことにも――――
そしてハードルが低くなる

少し気に入らないだけで殺す
バレそうになったから殺す
殺した相手の身内が復讐に来るかもしれない――――
殺されたくないから殺す
どのみち“死の連鎖”からは逃げられない

何でそんな話…
私には関係ないのに

逆に罪悪感にさいなまれる者もいるだろう
その時は――――
自分を殺す――――
文字通り自殺するか
ドロップアウトし身も心もボロボロになり
死んだように生きていくか
やはり待っているのは“死”だ

ここで死生観や哲学を問う気はありませんしそういう話ではありません。問題はここ。

人は慣れてゆく生き物だ
良くも悪くもどんなことにも――――
そしてハードルが低くなる

筆者は既に7500円ほどお茶を買っています。なので

  • 「もう3~4000円ほど増えても荷物の一つになるだけ」
  • 「このお茶を飲めば、あとでこのたびのことをも出すからいいだろう」
  • 「腐るもんでもないし」

という、「購買の連鎖」がここにも適用されました。

ハードルの低さという継続

さて、上記を踏まえ、筆者のブログの更新頻度をご覧ください。2020年1月の下旬から、一日も休まずWordPressへの投稿を続けています。

これもまた、筆者の慣れであり、ハードルの低下です。

  • 体調が悪くても書いたから、「やる気がない」は理由にならない。
  • 一日一記事を続けてきたから、記事を書くこと自体が特別な行為ではなくなった。

生存報告のため書く。今日が一番新しい日だから書く。書きたいことがあるから書く。その積み重ねが、いつしか毎日更新という形になっています。

そして、ここまで続けてくると、書かないことの方が普段と違う状態になるのでしょう。

慣れは敵にも味方にもなる

お茶を買うときには、ハードルが下がることで、追加の出費に対する抵抗が薄れました。ブログを書くときには、ハードルが下がることで、執筆を始める心理的な負担が軽くなりました。(余談ですが、万年筆のすらすらとした書き心地も、状況を選ばずガシガシ書けるThinkPadも、その慣れを続ける一助になっています)

どちらも、繰り返すうちに行動が特別なものではなくなった結果です。

人は慣れてゆく生き物です。

その慣れが購買の連鎖につながることもあれば、長く続く習慣を作ることもある。今回のお茶の買い物は、そんな仕組みを改めて実感する出来事となりました。

あるのがいけない!!

さて、ここまで書いておいて何ですが、筆者は四国限定のお茶を買いました。既に尾道でお茶を買っていたことも、手元に飲むべき茶葉があることも承知のうえです。

それでも、目の前にお気に入りのお店があり、限定品があり、試供品の香りがよかった。

あるのがいけない!!

これに尽きます。そして、買った以上は、いつものように管理番号を振り、開封日を記録し、最後まで飲みきることになるのでしょう。

……こうして、筆者のお茶の沼は、まだまだ続くのです。それがたとえ、旅先であろうと。