はじめに
人間は、なぜ決断に苦しむのでしょうか。
シェイクスピアの『ハムレット』と『マクベス』には、決断を前にして葛藤する二人の人物が描かれています。
考え続けることで行動できなくなるハムレット。行動の代償を理解しながらも、野心に突き動かされるマクベス。
この二人の独白を思い返していた私は、電車の中でひとつの決断を迫られていました。
自宅サーバ用の小型PCを買うか、買わざるか。
という、前置きは壮大なのに結論がしょぼい、いつもの筆者の与太話が始まります。
1. ハムレットとマクベスに学ぶ、決断のコスト
To be, or not to be
『ハムレット』第3幕第1場。あまりにも有名な独白は、こう始まります。
To be, or not to be: that is the question.
「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。」
ハムレットが考えているのは、生き続ける苦痛と、すべてを終わらせることの間にある葛藤です。
何かを選ぶことは、別の可能性を捨てることでもあります。しかも、選択した先に何があるのか、必ずしもわかっているわけではありません。
ハムレットは、苦難に耐えることと、苦難に立ち向かうことを比較します。
Whether ’tis nobler in the mind to suffer
The slings and arrows of outrageous fortune,
Or to take arms against a sea of troubles
「不条理な運命の投げる石や矢に耐えることが気高いのか。それとも、苦難の海に武器を取って立ち向かうことなのか。」
ここで重要なのは、行動することにも、行動しないことにも、それぞれ代償があるという点です。
何もしなければ現状が続く。行動すれば、今まで存在しなかった問題まで引き受けることになる。
これは心理学でいう接近・回避葛藤に通じます。ある選択肢に望ましい結果と望ましくない結果が同居していると、人はその選択に引き寄せられながら、同時にそこから逃れようともします。
さらにハムレットは、死後の世界について考えます。
The undiscover’d country, from whose bourn
No traveller returns
「誰ひとり帰ってきたことのない、未知の国。」
未知の国へ踏み出せば、元の場所には戻れないかもしれない。そもそも、その先に何があるのかさえわからない。
ここには、決断の不可逆性と不確実性が凝縮されています。そして独白は、思考が行動を妨げるという結論へ向かいます。
Thus conscience does make cowards of us all
「こうして思慮は、われわれを皆臆病者にしてしまう。」
考えること自体が悪いのではありません。問題は、考えるほど不安が増え、検討すべき可能性が際限なく広がり、いつまでも行動に移れなくなることです。
いわゆる分析麻痺。判断材料を集めるための思考が、判断そのものを先送りするための思考へと変わってしまうのです。
If it were done when ’tis done
一方、『マクベス』第1幕第7場の独白は、別の方向から決断の苦しみを描きます。
If it were done when ’tis done, then ’twere well
It were done quickly.
「もし、事を成し遂げた瞬間にすべてが終わるのなら、さっさとやってしまうのがよい。」
マクベスが考えているのは、ダンカン王の暗殺です。
王を殺害すれば、王位を手に入れられるかもしれない。しかし、殺害という行為が終わったからといって、その結果まで終わるわけではありません。
マクベスは、暴力が自分自身に返ってくる可能性を認識しています。
Bloody instructions, which, being taught, return
To plague th’inventor
「血塗られた教訓は、それを世に教えた者自身を苦しめるために戻ってくる。」
自ら暴力を行使すれば、その暴力が自分を脅かす世界を作り出すことにもなる。決断の結果は、実行した瞬間だけでなく、その後の人間関係や社会のあり方にまで及びます。
さらにマクベスは、自分を行動へ駆り立てるものの正体を理解しています。
I have no spur
To prick the sides of my intent, but only
Vaulting ambition
「私の決意を駆り立てる拍車はない。ただ、身の程を越えて跳ね上がる野心があるだけだ。」
彼には、王を殺さなければならない正当な理由がありません。それでも王になりたいという欲求を捨てられない。
ハムレットは、考え続けることで行動できなくなります。一方のマクベスは、行動の代償を理解しながらも、欲望によって一線を越えようとします。
両者に共通するのは、決断が単なる選択ではないという認識です。
何かを選べば、別の可能性を手放す。そして、選択によって変わった世界を完全に元へ戻せるとは限らない。
だからこそ、決断は苦しいのです。
2. それでも、私は小型PCを買うか悩んでいた
さて、ここからが本題です。
今まで自宅サーバとして使っていたのは、Let's note CF-XZ。
- CPU:Core i5-7300
- メモリ:8GB
- SSD:256GB
これを使って、自室のサーバ環境を構築していました。
試しにNextcloudとAdGuard Homeを導入してみたところ、思いのほか快適だったのです。
何しろローカル運用。外部公開するサーバと比べれば、外部からの攻撃に備えるためのセキュリティ対策や運用上の手間は段違いに少なくなります。もちろん、ローカルだからといってセキュリティ対策が不要になるわけではありませんが、用途を絞った自室の環境としては、かなり具合がよかった。
ところが、使い続けるうちに、ひとつの問題が気になり始めました。
「いや、いい加減古い」
そして、もうひとつ。
「自室の単一障害点になりつつある」
Nextcloudが止まれば、ファイルへのアクセスが不便になる。AdGuard Homeが止まれば、DNSの名前解決に影響が出る。
つまり、DNSが死んだら自室環境が死ぬという恐怖。
便利な環境を作ったつもりが、その環境を支える機器が、今度は自分にとっての弱点になっていたのです。
もちろん、CF-XZはまだ動きます。使えるものをわざわざ買い替える必要があるのか。サーバ用途なら、今の性能でも十分なのではないか。
「それでもまだ動くし」
この言葉が、頭の中で繰り返されます。
一方で、古い機器を使い続けることにもリスクがあります。故障してから慌てて移行するより、余裕があるうちに次の環境を用意しておいた方がよい。
つまり、買い替えないことにもコストがある。
ハムレットなら、ここからさらに数幕分は悩んでくれそうです。
3. そして、セールがやってきた
そんな折、タイミングよく開催されたAmazonプライム感謝セール。
そこで見つけてしまったのです。
ほぼ4万円という、お手頃価格の小型PCを。
今回購入したのはこちら。
BOSGAME E5
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| OS | Windows 11 Pro |
| CPU | AMD Ryzen 3 5300U |
| メモリ | 16GB DDR4 RAM |
| ストレージ | 512GB M.2 NVMe PCIe 4.0 SSD |
| 購入価格 | ほぼ4万円 |
CF-XZと比較すれば、メモリ容量は8GBから16GBへ、SSDは256GBから512GBへと増加。自室のサーバ用途として使うには、なかなか手頃な構成です。
もちろん、購入しただけで単一障害点の問題が解決するわけではありません。移行方法を考え、サービスを構築し、必要なら切り戻せるようにしておく必要があります。
それでも、約4万円で新しい環境を用意できるのであれば、検討する価値は十分にあります。
しかし、ここで再び、あの二人が頭の中に現れました。
ハムレットが問いかけます。
「To buy, or not to buy. 買うべきか、買わざるべきか」
マクベスが答えます。
「If it were done when ’tis done, then ’twere well it were done quickly. やってしまえば片がつくのなら、さっさとやってしまえばよい」
……いや、マクベスの場合は王を殺す話なので、PCの購入と同列に並べるのはさすがに問題がありますが。
それでも、両者の独白は頭の中で続きます。
まだ使える。けれど、古い。買い替えれば費用がかかる。買い替えなければ、故障時のリスクが残る。
買うか、買わざるか。
4. 決断を下したのは、時間だった
そんな逡巡を続けていたのは、電車の中でした。
ThinkPadを広げ、Amazonをブラウザで開き、小型PCを物色し、価格を確認し、仕様を比較する。
そして、ふと気づきました。
あと少しで、自宅の最寄り駅に着く。
このまま悩み続けるのか。それとも、もう決めてしまうのか。
ここで、ひとつの事実に思い至りました。
「こんな逡巡を繰り返すんだったら、サパッと決めるべき」
価格も、用途も、必要なスペックも、おおよその条件はそろっています。今ここでさらに悩んだところで、劇的に判断材料が増えるわけではありません。
- ハムレットは、なおも考え続けるでしょう。
- マクベスは、やってしまえば片がつくと言うでしょう。
そして私は、電車が最寄り駅に到着する前に決断しました。
購入。
かくして、注文を終えた私は、いつもの自宅へと帰っていったのでした。
おわりに
そして、現物が届きました。
BOSGAME E5。自宅サーバ用の小型PCです。
シェイクスピアの悲劇から、決断の不確実性、機会損失、不可逆性について考察し、最後に得られた結論は、ほぼ4万円の買い物でした。
しかし、今回の決断には、それなりの理由があります。古くなった機器を使い続けるリスクがあり、ローカル環境の利便性を実感しており、手頃な価格で次の環境を用意できる機会があった。
あとは、実際に移行して、安定して動く環境を作るだけです。
考え続けて何も始められないのも困る。勢いだけで進んで後始末に追われるのも困る。
必要な条件を確認し、許容できるコストを見積もり、決断する。そして、決断した後の問題に備える。
これが、今回の小型PC購入から得られた教訓です。
もっとも、シェイクスピアの悲劇を経て自宅サーバを増強するという結論が、果たして文学的に正しいのかはわかりません。
少なくとも、私の自宅サーバ環境は、またひとつ拡張されることになりました。
To buy, or not to buy.
今回は、買いました。しかも、こんな写真と共に

「買っちった」
ええ、決断の重さと得られたリターンなんて、しょせんはこの程度という、いつもの前置きは壮大、結論は単純というお話でした。
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