月: 2013年2月 Page 1 of 3

スイス旅行記3日目-3:ユングフラウヨッホ-1(2009年6月24日)

「ヨーロッパの頂上」ことユングフラウの頂にほど近いユングフラウヨッホ駅に到着し、その光景をカメラに収めようと喜び勇んで展望台へと通じるトンネルに向かいます。

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しかし、思ったよりもはしゃぎ過ぎてしまい目眩を覚えます。どうやら、テンションが上がって心臓の鼓動が速まり、軽い高山病にかかったようで。少し休憩して、気を取り直します。

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エレベーターで更に上の展望台を目指し、誇らしげにそびえ立つモニュメント。高度はなんと3571メートル。富士山よりも若干低い位置に「ほぼ無装備」で来られた、スイスの観光業の底力を思い知りました。

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そして、眼前に広がる凄い風景。青空と万年雪に閉ざされた霊峰。ここを拠点に登山をする人もいるみたいです。

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戸外の「フェニックス展望台」に降り立ちます。寒いことは確かですが幸い風がなく、ゆっくりと過ごせます。スイスの白抜きの十字旗がその威容に華を添えていました。

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展望台には観測用のドームやアンテナなどが備え付けられています。各種実験などには最適の場所なのでしょうね。

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これら、氷河の起点にはしばし言葉を失いました。想像を絶する年月を経て麓にゆっくりと流れていくのです。大自然が織りなす芸術にはただただ感服するばかりです。

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しかし、そこに住む人々はその自然を時に利用し、時には抗い、またある時には受け流すことで街を作り上げてきました。氷河はそんな「人の変遷」を有給の流れの中で見届けていたのでしょうね。とにかく感慨深い世界でした。

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フェニックス展望台からエレベーターを降りて、駅と同じ位置にある展望台からの風景。このような場所に、こんな建物を作り、観光・研究施設を作るのは、並大抵のものではないと改めて思ったわけで。

(続きます)

スイス旅行記3日目-2:クライネ・シャイデック 〜 ユングフラウヨッホ

クライネ・シャイデック駅で乗り換え、ユングフラウヨッホ駅に向かう電車を待ちます。

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赤い車体が特徴的。ここから富士の8〜9合目に近いところまで電車で登っていくわけです。

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車内は今までとは異なり近代的。高度2〜3000メートルを耐えるための空調設備がしっかり整ってる感じです。なお、ここからは先だっての「ベルナー・オーバーラント周遊パス」の対象外。割引価格とはいえ50フラン(当時で4500円ほど)取られました。尤も、インターラーケン 〜 ユングフラウヨッホを普通に往復しただけで100フランはするのですから、良心的と言えます。

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列車は万年雪に覆われた山脈の「内部」をゆっくりと登っていきます。上の写真の三角の頂きが目指す場所、ユングフラウ。ちなみに、山の名前が「ユングフラウ」であり、駅が「ユングフラウヨッホ」です。

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長く、暗いトンネルに入る前で待機していたラッセル車。ユーモラスな顔が特徴的。そして、電車はくり抜かれたトンネルに入り、途中駅に到着しました。

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2865mのアイガーワンド駅。想像の域を出ませんが、このトンネルを作るときの「途中に設けられた拠点」としてちょっとしたスペースを作り、その名残が駅として残っているのでしょうね。

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山の中の「駅」というよりも「秘密基地」といった趣のスペース。当然のように空気が薄く、ひんやりとしています。

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外壁にはアクリルの窓が設けられており、雄大な、余りにも雄大なアルプスのパノラマを目の当たりにできました。翌々考えたら、普段着にほぼ近い格好で4000メートルはある山の頂上付近まで行く事ができるのです。そう考えたら、値段云々を言うのが馬鹿らしくなってきました。

そして、列車は順調にトンネルを登っていき(高地特有のキーンとした耳鳴りもありました)、ついに

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ユングフラウヨッホ駅にたどり着きました! 「TOP OF EUROPE」の文字が燦然と目に付きます。

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なんと、駅にはプラットフォームがありません。「作れない」というのが実情でしょうけれど。それにしても「空気の薄さ」が実感としてわかります。「高山病に注意して、ゆっくりと動きましょう」的な文がガイドブックにも書かれていました。

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展望台に入ってすぐの場所に、どこか懐かしさがある建造物が。富士山五合目の郵便局と姉妹提携を結んでおり、その記念として寄贈された赤ポストだとか。もちろん、普通のポストとして使うことができ、ここから投函すれば記念消印付きで各地に郵送されるという次第。

明日の日記は、「ヨーロッパの頂上」の絶景を2日ぐらいに亘ってご紹介する予定です。

(続きます)

スイス旅行記3日目-1:インターラーケン 〜 クライネ・シャイデック(2009年6月24日)

ほぼ完徹だったチューリッヒ〜インターラーケン。 夕飯にやや難があったものの泥のように眠って体調はどうにか全快。

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朝ごはんはチューリッヒの時よりも豪華です。パン・ハムに加えて果物も用意されていたのですから。ただ、パンはゴワゴワしています。その理由はスイスの「国民皆兵」にあります。有事に備えて新しい小麦は常に軍隊に回されるため、一般市場に出回るのは1年が過ぎたものが使われているとか何とか。

ともかく、今日の目的は欧州最高峰の「ユングフラウ」の頂を電車で一気に登る長丁場。しっかりと栄養を取って情況を開始します。

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雲の中にいるようだった前日とは打って変わって、この日は快晴! アルプスの山々がとてもクリアに見えます。「ここぞという時の天候運には愛されている」自負がある僕です。この空を見て「今日はいい日になる」と確信しました。

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インターラーケンからユングフラウヨッホ駅に向かうにはその麓であるクライネ・シャイデック駅に向かう必要があります。そのルートは日本人宿泊者が最も多い「グリンデルワルド」を通るルートと、一種独特の滝で有名な「ラウターブルンネン」を通るルートの2種類。今回はグリンデルワルド経由を使います。

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車窓からちょっと驚きの光景。「清流」とはとても言い難い濁った激流です。その理由は、ここが「氷河直近だから」です。岩をも削る氷河の雪解け水が凄まじい勢いでここまで流れている次第です。因みに、この旅行では氷河の凄さを3回ほど体験するのですが、それはその時にお話します。

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列車は結構な斜度をものともせずに登っていきます。様々な緑色を持った森や牧草地が目に痛いぐらいです。そして、車窓の景色を楽しみ――

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乗換駅であるグリンデルワルドでクライネ・シャイデック駅を目指します。6月後半という「本格的な旅行シーズンの前」なのに、ホームは日本人のツアー客でいっぱい。そう言えば、トップシーズンはそれこそ動く隙間がないほどの人で埋め尽くされていましたっけ。

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今度の列車は鮮やかな黄色が特徴的。それにしても、この空の青さが本当に素敵。この何気ない一枚で絵葉書のように見えるのですから……。

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乗車率はそれなりに。日本の通勤列車が豪華に見えるほどの質素な作りです。急勾配を登っていくのですから、軽量化する必要があるといえばそれまでですが……。

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高度は一段と増してきますが、そこで生まれ育つ牛がゆったりと草を食んでいました。移動しながらこんな素晴らしい景色が拝める。電車の旅の醍醐味です。

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そうして、第二のチェックポイントクライネ・シャイデック駅に到着です。高さは富士の五合目とほぼ同じ。そんな場所に鉄道駅をはじめとして観光街が形成されているのですから、驚きは尽きません。

明日の日記では、いよいよ「ヨーロッパの頂上」ユングフラウヨッホまでの光景をご紹介です。

(続きます)

スイス旅行記2日目-4:シーニゲ・プラッテ植物園(2009年6月23日)

ハーダークルム展望台でお会いしたご夫婦から教えていただいた「ベルナー・オーバーラント地方の周遊パス」を初日に入手したことは本当に幸いでした。

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ほとんどの電車、ケーブルカー、ロープウェイ、リフトをカバーできるだけではなくユングフラウヨッホ駅も特別割引で行けるまさに「魔法のパスポート」です。早速、おすすめの観光スポットである「シーニゲ・プラッテ植物園」を訪れることにしました。

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インターラーケン東駅からひと駅ほど。植物園行きの専用列車が待ち構えていました。

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中の座席は「ベンチ」です。素朴というか、レトロ感があるというか…… それなりの急勾配を列車は登って行きました。

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途中で下りの列車とすれ違い。よく見ると、レールの真ん中に歯車があって、それでトルクを得ているのですね。そうやって電車は雲の中へと突入していき――

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シーニゲ・プラッテ植物園駅に到着。ここは鉱山植物園ということで六甲山の植物園と提携しているとか。霧に見えるのは雲。この日は曇りだというのは理解していたのですが「雲がここまで身近にある」とは思っても見ませんでした。

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ハイキングコースのような植物園。そこにアルプスならではの植物が豊富に植えられています。

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視界不良でも「知ったことか」とばかりに咲き誇るアルプスの花。言葉通りの意味で「高嶺の花」です。

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岩の間を突き破るかのような淡い紫の植物。

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もちろん、斜面も色とりどり。6月下旬〜7月は「アルプスの花のトップシーズン」だそうで、そういう意味ではこの時期に旅行をして幸運でした。

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そして、写真をあらかた撮影して宿に到着。掛け値なしにボロボロのフラフラで、スーパーで買ったスイスロールで適度に腹を満たし、泥のように眠りました。

(続きます)

秩父神社に行って来ました。

スイス旅行記は今日はお休み。

昨年の4月以来、久しぶりに秩父神社を訪れました。

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クロスプロセスフィルターで山門から本殿を臨みます。このフィルターは冬の淡い光とすごく相性がいいです。

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左甚五郎の作と言われる「縛り龍」。周りの池の水を飲み干したために「動けないように鎖で縛った」伝説があります。真偽はともかくとして、この躍動感は素敵です。

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本殿周囲には先の「縛り龍」を含めて様々な彫刻で彩られています。この地の華やかさを今に残しているようです。

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そして、「あの花」で一躍有名になった当地。聖地巡礼の証として、絵馬がきちんと奉納されていました。

昨年は父の件で色々と合った分、今年の春は2年ぶりの「三十四ヶ所巡り」を行いたいです。

スイス旅行記2日目-3:ハーダークルム展望台(2009年6月23日)

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スイス屈指の観光都市であるインターラーケンは「湖の間」という意味があり、2つの大きな湖に挟まれています。チェックインまでまだ時間があるために駅から一番近い展望台「ハーダークルム」で時間を潰すことに決めました。

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「いかにも」と言う感じのケーブルカー発着駅でチケットを買いますが…… 高い。 往復で2000円ぐらい取られます。この地方では「一番低い位置にあるにもかかわらず」です。この往復でこんなに取られるのならば、第一の目的であるユングフラウヨッホはもちろん、麓のグリンデルワルドやラウターブルンネンまで幾らするのか…… 暗雲が漂いますが、まずはこの地方がどんなものかを見極める必要があります。

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ケーブルカーからの眺めは余りにも急な勾配。高尾山や叡山でもお目にかかれないすさまじさでした。

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そんなこんなで展望台が擁するカフェに到着し、一息つこうかなと思った矢先に

 「日本の方ですか?」

と日本語で声をかけられます。振り返るとそこには初老の夫婦がいらっしゃいました。話を聞いてみると「今年で定年退職を迎え、息子夫婦が暮らしているアメリカまで行くついでに世界各地を『西周りで』周遊している。こんな時期(6月中旬)に日本人が一人旅をしているのは珍しいと思い声をかけた」そうで……。 互いの情報交換をするため、お茶の席に相席させて頂きました。

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スイスならではのホットチョコレートを頂きながら様々な話を聞きます。そこで素直に「ここで4泊ぐらいする予定だけれど、移動費に難儀しそうだ」と素直に吐露してみたら

 「だったら、この地方の周遊チケットを買えばいい。6日間有効で200スイスフランぐらいだから、それだけ滞在するなら十分元が取れると思うよ」
 「インターラーケン駅の観光センターでも取り扱っているはずですよ」

……我が意を得たり。僕の懸念事項の1つが一気に解消されました。その情報だけでも有難いのに、ここの代金まで支払って頂きました。丁重に御礼を述べ、展望台からインターラーケンを臨むことにします。

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湖と山と山小屋と。雲が晴れていればユングフラウを始めとした名峰を目の当たりにできるそうです。

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湖上には船が砂州に向かっていました。この距離からだと豆粒のような小ささではありますが、実物は結構な大きさがありそうです。中央に浮かんでいるのは霧ではなく雲。嫌が応でもここの標高の高さを感じずにはいられません。

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そして下山。件のご夫婦とここでも一緒になり「チェックインまで時間があるなら、例のチケットを買ってインターラーケンから植物園に行くといい。こんな天気だけれども花は綺麗に見られるだろう」とのアドバイスまで頂きます。

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高所恐怖症の人が見たらそれだけで卒倒しそうな急勾配を下ります。いい景色以上に素晴らしい情報を得て、一筋の光明が見えました。

(続きます)

スイス旅行記2日目-2:ベルン〜インターラーケン(2009年6月23日)

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今日の旅行記はベルン駅での乗り換えからスタート。列車が天井スレスレだったのが印象的でした。いよいよ、目的地であるベルナー・オーバーラント地方の入り口であるインターラーケンへと向かいます。

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スイスの電車のトイレはこんな感じになっています。下世話な話ではありますが、日本人の感覚からすれば「狭い」です。電車と言うよりは飛行機のトイレといった感じ。

さておいて……。 この列車での最大の衝撃はこちら。

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コンパートメント(個室)です。「二等列車」の「自由席」です。余計な料金を取られることなく贅沢な列車旅を楽しめることに感激を禁じえませんでした。

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車窓からの景色は雑誌やテレビで見るような光景が見えてきました。青々とした草原に山。また、雲の位置が低いことは標高の高さを実感できます。青空だったら、それこそ絵葉書のような世界が流れていくのでしょうね。

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湖沿いに立ち並ぶ山小屋のような家は、ここがスイスだということを実感させてくれます。スイスはご承知の通り海のない国ですが、大小様々な湖が点在しているようで……。

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電車は湖沿いを走り始めました。雲が湖面スレスレ。なのに、水面がそれほど波が立っていません。居並ぶ絶景を前にして、眠気が吹き飛んでいきます。

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車窓からの景色を目に焼き付けておこうとしたのは何も「外国人」の僕だけではないようで……。 現地の子供もコンパートメントの逆側の窓からの景色を楽しんでいました。

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風景画をそのまま切り出したような教会です。むしろ、RPGの世界。セーブできたり次のレベルまでの経験値を教えてくれそうな神父様がいるような勢いです。

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まばらだった家は段々と密度を増していき、豪華な建物も見えてきます。ということは、もうすぐ目的地であるインターラーケン駅です。

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そうして―― 今回の旅行の「拠点」であるインターラーケン東駅に到着しました。ホテルのチェックインまではまだ間があるので、時間を潰すために観光をすることにしました。そこで僕は「最初の挫折」と「思わぬ幸運」に出会うことになるのです。

(続きます)

スイス旅行記2日目-1:チューリッヒ〜ベルン(2009年6月23日)

チューリッヒの宿に到着して、ゆっくりと眠ることが「できなかった」翌日。移動日の疲れは気合でカバーといった心持ちです。

まずは朝食を取ることにします。宿の朝食会場は山小屋を思わせるシックな雰囲気。さすがはスイスです。

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とはいえ、様々な食材がプレートを埋め尽くす英国と異なり、「大陸側」の朝食は極めてシンプル。

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こんなどデカいパンが置かれていただけだったのには閉口しました。流石にコーヒー・紅茶を入れる設備はありましたが、「パンは用意してやるから適当に喰え」的なもてなしはある種のカルチャーショックです。これとチーズを紅茶・牛乳で流し込んで出立の準備。「どういうルートを使えばインターラーケンまでたどり着けるか」は既にネットで調べていたものの、緊張感と寝不足でドキドキです。

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このタイミングで、やっとこ宿の全景を見ることができました。この宿、最終日にも立ち寄って散々な目に遭ったのですが、それはまた別のお話です。

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「鉄道立国」として名高いスイス。その中心都市ということもあり、鉄道と列車が偉容を讃えています。前日と同じ近未来的な路面電車を用いて乗車駅である「チューリッヒ空港」に向かい、昼食その他の準備。マクドナルドでもいいよね……。 思っていたら、この旅行最初の衝撃に出会います。

「尋常ではない高さ」です。ビッグマックセットで1000円オーバー。一番安いハンバーガーでも300円近くするのです! この「食事代の高さ」は最後までつきまとう問題だと知るのはそれほど時間がかかりませんでしたが……。 なんでもいいから胃に何か入れないということで、空港内のスーパーマーケットでミニロールや牛乳を適当に買い込み、ホームに降ります。

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こちらがスイスの都市間を結ぶ高速列車。新幹線のような流線型のデザインに慣れていたので、この「貨物列車」のような電車は一体どうなっているのか思いながらいよいよ乗車です。

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車内の広さは想像をはるかに超えていました。この写真でお分かりのように、テーブルを広げるとムックが4分の1に収まります。座席の座り心地も快適そのものでした。

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検札は車内で車掌が回って確認します。改札口のチェックが緩く、切符を買ってなかったとしてもその場で買えるみたいです。写真でもお分かりのように、高さも広さもかなりの余裕があります。

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チューリッヒ中央駅で数分停車。向かい側のホームには食堂車が見えました。どんな料理が出るのか以上に「どれだけ高いのか」が当時も今でも率直に思います。

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車窓からは「これぞ田園風景」と言った趣の光景が眠る隙を与えてくれません。「ああ、今、僕は『世界の車窓から』の世界にいるんだな」と感動しながら列車は乗換駅であるベルンへと向かいます。

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降車時に見つけた「サロン席」! こんなものまで用意されているとは…… 鉄道マニアの楽園と呼ばれる理由が言葉ではなく心で理解した瞬間でした。

そして電車に揺られること1時間半程度。都市間高速列車はスイスの首都、ベルン駅へと滑り込みました――

(続きます)

スイス旅行記1日目-1:ヒースロー空港〜チューリッヒ(2009年6月22日)

昨日より始めたスイス旅行記。まずは「あらまし」を説明しました。今回より写真を交えての行動の記憶です。

6月22日――

語学学校の授業が終わり、地下鉄を乗り継いでヒースロー空港へと向かいます。「Eチケット」をよく知らなかった当時は「こんな紙切れで本当にチェックインできるのか」と不安だった記憶があります。

結局のところ、航空券の発券から出国審査までスムースに終わり、搭乗口でしばし待機。

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そうして機内の人となりますが――「これが国際線?」と言いたくなる小さな飛行機に少々驚きを禁じえませんでした。まぁ、日本よりも大きい国のほうが少ないEUです。それこそ、国内旅行と同じような感覚なのですね。事実、3時間もしないうちにチューリッヒ空港に到着しました。入国審査もアッサリとしたものです。日本のパスポートを見せただけで「コンニチハ」と言ってくれる始末。

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空はこの明るさですが、19時近い夜です。まずは宿に向けて市内を走る電車を探します。

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こんな感じの行き先別の運賃表が記された券売機でチケットを購入し、待つこと10数分――

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近未来的な路面電車がやってきました。半自動で動くその電車は「地上を走るゆりかもめ」と形容すべきでしょうか。当然のことながら、アナウンスも広告も自分にとって馴染みのない言語。期待と不安で入り混じった面持ちで目的へと向かいます。

そんなこんなで宿に着く頃にはとっぷりと日が暮れました。宿のカウンターはどちらかというと「宝くじ売り場」のようなガラス張りで物々しい警備でした。事前に支払ったバウチャーがあるにもかかわらず、身分証明書としてパスポートの他にクレジットカードまで提示されるまで。欧州随一の治安の良さは「見た目だけでは外国人を信用しない」警戒心にも現れているのですね。

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これが宿。この翌日はいよいよベルナー・オーバーラントに向かうのでゆっくりと就寝――できませんでした。「はじめての非英語圏の一人旅」という精神的プレッシャーは想像以上に大きく、まんじりとした夜を過ごしたわけで……。

スイス旅行記-オープニング-(2009年5月31日)

日記で断片的に紹介していたスイス旅行記。「ここはいっちょ、しっかりとした旅行記として残しておきたい」という希望に渦巻きました。

ですので、今週は集中して2006年6月下旬に訪れたスイスの「ベルナー・オーバーラント地方」の出来事を紹介していこうと思います。

コトの始まりは2009年5月31日――

英国で過ごし始めてそろそろ1ヶ月になろうかという時です。その日は別の予定があったのですが「場所を間違えて一日を不意にしてしまう」という出来事から始まります。

その「間違えた場所」は大英博物館にほど近い場所にあったので、そこに向かって歩いていたら旅行代理店を発見しました。

「そう言えば『語学学生だろうと各種学割が受けられるカード』の発行がここでできたはず」

と立ち寄りました。生憎と日曜日だったのでカウンターが全て塞がっていたのでパンフレットを見ながら時間を潰していたんですね。「そう言えば、欧州なんだからスイスやらドイツやら近いよね……」思っていた矢先に「Can I help you?」と代理店の人から声をかけられたのが運の尽きというかなんというか……。

そこから先はちょうど開いていたスイスを見て、そのプランニングをすることに。値段を見積もるだけでも勉強になると軽い気持ちだったのも拍車をかけました。

この時に考えていたのは「鉄道周遊券で各地を巡る」旅程でしたが、「そのチケットが発行できるのは英国に滞在して3ヶ月以上」という条件が付いていたのです。やむなく断念し、代理プランを寝ることにします。(今考えたら、その『代理プラン』という時点で完全に代理店の口車に乗せられてますね)

そんなこんなで決まったのが「欧州最高峰のユングフラウを擁するベルナー・オーバーラント地方を集中的に旅する」プランでした。

高校時代に買った『世界の車窓から』のインタラクティブCD-ROMを事あるごとに見ていて「この中を旅できたら」という仄かな希望が今ここに叶った次第です。

 ・ヒースロー 〜 チューリッヒ空港の往復航空券
 ・チューリッヒ 〜 インターラーケンの都市間特急の往復乗車券
 ・チューリッヒの2泊分の宿代(チューリッヒ到着後すぐとインターラーケンから帰るとき)
 ・インターラーケン4泊分の宿代
 ・上記6泊分の宿は全て朝食付

それでお値段は当時のポンドのレートでも「8万円弱」。驚愕の安さです。この旅程や見積に異存があるはずもなく。気がつけば決済まで完了しました。

こうして、「ささやかな勘違い」から僕のスイス旅行が始まったわけです。

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