今だからこそ懺悔します。このときの僕はハイキングや山を嘗めきってました。「適当に歩けば目的地まで簡単にたどり着ける」。そう安易に考えていました。
最初の過ちは「案内板も何も無い」脇道を「正しい道だ」と根拠もなく考えていたこと。
第二の過ちは明らかに人の手が入ってないうらぶれた山小屋を写真に収めたのに「ここがどういう場所か」を考えなかったこと。
第三の――最大の過ちは「間違えたとしても、下っていけば人里に着くだろう」と考えていたこと。これら三つは初心者が特に犯しやすい、遭難直行の基本的な考えだと、僕が知るのはスイスの地を離れた後でした。
40分も歩いた頃、流石に焦りが出てきます。分け入っても分け入っても緑。おまけに人の足跡が数えるばかり(しかも数日経ってる)なのです。
水飲み場が見えましたが、「このまま考えなしに歩いていたらかなり危険なことになる」と危険信号が脳裏をよぎりました。この選択肢が不幸中の幸いとなります。リュックを下ろし、パンや林檎で一息ついて脳に栄養が行き渡り、開けた地で周囲を見渡せる事も死地からの帰還につながりました。
ユングフラウの山頂に薄い雲が「傘のように」かかっています。あれ? 「傘富士」って雨の予兆? 雨具を持っているとは言え、これは危険です。今までの甘い考えを捨て「元の位置に戻ろう」と、ようやく直感に従う心持ちになってきました。
そこから無我夢中で山道を登っていき、人の気配が見えたときは声を上げてしまいそうでした。さて、ここで種明かし。「何故、道を間違えてしまったのか」
地図の右から2番目の写真が目的地。僕が彷徨っていたのは左から二番目の緑の四角のあたり。で、よくみると滝の写真には矢印が付いているんですね。即ち「全く見当違いの場所を歩いていた」ことに。
「自然を絶対に嘗めてはいけない」
「素人考えは厳に慎むべき」
といったことを、この「遭難一歩手前の出来事」は教えてくれました。