GROWI 8.0のAI AgentにGeminiを組み込む:月10ドルの特典を活用してみる(初回課金あり。結果は要観察)

Google One AI Proに付帯する、月10ドル相当のGoogle Cloudクレジット。

これを何かに使えないかと考えていたところ、自前でホスティングしているWiki「GROWI」のAI Agentと組み合わせることを思いつきました。

GROWIのAI Agentは、Wiki内の複数ページを横断して検索し、得られた情報をもとに回答を生成してくれる機能です。これが実用になるなら、過去に蓄積したナレッジを探し出す手間を減らせます。

そして、手元には毎月付与されるGoogle Cloudクレジットがある。

ならば、これを活用しない手はありません。

実際に設定してみたところ、GROWIからGemini APIを呼び出し、Wiki内の情報を横断検索して回答を生成するところまでは確認できました。

ただし、ここで一つ注意点があります。

AI Agentが動いたことと、月10ドルの特典だけで運用できていることは、別の話です。

今回は、そこに至るまでの設定手順と、実際に課金される金額について、今後も確認していく必要がある点をまとめます。

例によって前置きは長いです。

1. 取り組もうとしたきっかけ:WikiのナレッジをAIから引き出したい

GROWIのAI Agentは、Wikiに蓄積された情報を横断して調べる用途に向いています。

例えば、過去の旅行記や技術メモを複数ページにわたって検索し、その内容をまとめさせる、といった使い方です。

人間がページ名を思い出し、検索語を考え、一つずつ開いていく手間を考えると、かなり魅力的な機能です。

一方、Gemini APIを無料枠のまま利用しようとすると、レート制限に引っかかることがあります。

特に、複数ページの検索や要約など、一つの質問に対して複数回のAPI呼び出しが発生する処理では、無料枠の制限がボトルネックになる可能性があります。

そこで、従量課金側の利用設定を行い、Google Cloudのクレジットを活用できないか試してみることにしました。

月10ドル相当のクレジットが利用でき、実際のAPI利用料がその範囲に収まるのであれば、個人運用のWikiとしては十分に魅力的です。

ただし、これはあくまで期待値の話。

利用料が月10ドル以内に収まることと、その利用料に特典クレジットが適用されることは、それぞれ確認しなければなりません。

この二つを一緒にしてしまうと、後から請求額を見て慌てることになります。

2. 最初の関門:APIは呼び出せるのに、前払い残高がない

Google Cloud側で請求先アカウントを用意し、Google AI StudioでAPIキーを発行。GROWI側にも設定を入れて、いざ動作確認。

ところが、次のエラーが返ってきました。

Your prepayment credits are depleted. Please go to AI Studio at ... to manage your project and billing.

メッセージの内容は、事前入金したクレジットが枯渇している、というものです。

ここで問題になったのが、Google Cloud側にクレジットがあることと、Google AI Studio側でGemini APIを利用できる状態になっていることが、必ずしも同じではないという点でした。

今回の環境では、AI Studio側で前払い残高を購入する操作が必要になりました。

ただし、ここで注意したいのは、前払い残高を購入すれば、その金額がそのまま保証金として残り、APIの利用料は必ずGoogle Cloudの特典から優先的に引き落とされる、とまでは確認できていないことです。

請求先アカウントにクレジットが表示されていることだけでは、実際のAPI利用料にどのクレジットが適用されるかまでは判断できません。

このあたりは、設定画面の表示だけで安心せず、実際の利用明細と残高の推移を追う必要があります。

3. 作業前に確認しておくこと

今回の作業では、次の点に注意しました。

  • Google Cloudの請求先アカウントと、支払い方法の設定が必要になる。
  • Google AI Studio側で、前払い残高の購入を求められる場合がある。
  • Google Cloudのプロモーションクレジットと、AI Studio側の前払い残高は、同じものとして扱わない。
  • クレジットが付与されていることと、そのクレジットが実際のAPI利用料に適用されることは別途確認する。
  • Google側の料金体系、クレジットの適用条件、画面表示は変更される可能性がある。

なお、今回の手順は、筆者の環境で動作確認できた構成をもとにしたものです。

APIが正常に動くところまでは確認していますが、最終的な請求額とクレジットの消費順序については、引き続き経過観察が必要です。

「月10ドルの特典があるから大丈夫」と考えて作業を進めるのではなく、課金の仕組みを確認しながら利用することを前提にしています。

4. 今回の環境

項目設定
WikiGROWI v8.0.7
実行環境Node.js 24 / pnpm / Docker不使用
AI基盤Google AI Studio / Gemini API
クレジットGoogle Developer Programの月10ドル相当の特典
モデルGemini APIで利用可能なFlash系モデル

モデル名については、実際にAI Studioのモデル一覧に表示され、利用可能なものを選択してください。モデルの提供状況や名称は変更されるため、特定のモデル名を固定して手順を進めるのは避けたほうがよさそうです。

5. さっくりとしているがすんなりはいかない設定手順

Step 1. Google Cloudの請求先アカウントを用意する

まず、Google Cloud側の請求先アカウントを用意します。

  1. Google Cloud Console にアクセスする。
  2. 「お支払い」から請求先アカウントを作成、または既存のアカウントを確認する。
  3. 必要に応じて支払い方法を登録する。
  4. Google Developer Programの特典ページ にアクセスする。
  5. 月10ドル相当の生成AI・Cloudクレジットの特典が利用可能であれば、案内に従って請求先アカウントに適用する。
  6. Google Cloud Consoleのクレジット画面で、特典の適用状況と有効期限を確認する。

ここで確認したいのは、単に特典の申し込みが完了していることではありません。

実際にどの請求先アカウントに、どの種類のクレジットが、いつまで有効なものとして付与されているかです。

後から利用明細を確認するときにも必要になるため、この時点で記録しておくとよいでしょう。

Step 2. Google AI StudioでAPIキーを発行する

続いて、Gemini APIを利用するためのAPIキーを用意します。

  1. Google AI StudioのAPIキー管理画面 を開く。
  2. 必要に応じてプロジェクトを作成する。
  3. APIキーを発行する。
  4. 対象プロジェクトの請求設定と利用可能な課金階層を確認する。
  5. APIキーを安全な場所に保管する。

課金設定については、画面上の案内に従ってください。

なお、APIキーを発行できたことだけでは、課金設定が完了していることや、特典クレジットが利用料に適用されることまでは確認できません。

Step 3. AI Studio側の前払い設定を確認する

今回、実際にエラーの解消に関係したのがこの部分です。

Google AI StudioのBilling画面を開き、前払い残高と購入に関する表示を確認します。

Google AI Studio Billing

今回の環境では、前払い残高の購入が必要でした。

ただし、購入金額や購入が必要となる条件は、画面上の案内と利用環境に従ってください。最低購入額を含め、すべての環境で同じ条件になるとは限りません。

そして、ここが今回の重要なポイントです。

前払い残高を購入した場合は、その金額がどのように扱われるのかを確認してから利用を続けてください。

前払い残高が表示されていることだけを根拠に、追加の持ち出しが発生しないとは判断できません。

Google Cloud側の特典残高、AI Studio側の前払い残高、APIの利用明細をそれぞれ確認し、実際の利用料がどこに計上されるのかを追う必要があります。

Step 4. GROWIのAI設定を行う

ここからはGROWI側の設定です。

  1. GROWIに管理者アカウントでログインする。
  2. /admin/ai を開く。
  3. AI機能を有効にする。
  4. プロバイダーとしてGoogleを選択する。
  5. 発行したGemini APIキーを設定して保存する。
  6. モデルカタログを更新する。
  7. 利用可能なモデルから、使用するFlash系モデルを選択して保存する。

画面の項目名や利用できるモデルは、GROWIのバージョンやGemini API側の変更によって異なる場合があります。

モデル一覧が更新できない場合は、APIキーや課金設定、利用可能なモデルを順番に確認してください。

Step 5. AI AgentからWiki内の情報を検索する

設定が完了したら、GROWIの通常画面に戻り、AI Agentに質問してみます。

例えば、次のような質問です。

「ピボット旅行」と名付けられた記事一覧から、
なぜそう名づけたのかを要約してください。

今回の環境では、AI AgentがWiki内の複数ページを参照し、それらの内容を踏まえた回答を生成するところまで確認できました。

これは、今回の設定で得られた成果です。

単にGemini APIに接続できただけではなく、GROWIに蓄積された情報を検索し、その結果を使って回答を生成するという、本来やりたかった動作が成立しました。

一方で、この動作確認によって分かるのは、あくまでAI Agentが機能しているということです。

利用料が特典クレジットから差し引かれているのか、前払い残高がどのように消費されるのか、最終的な請求額がいくらになるのかは、別途確認する必要があります。

6. ここからが本当の経過観察

今回の設定で、GROWI AI AgentとGemini APIの連携自体は成立しました。

しかし、これで「月10ドルの特典を使って、実質無料で運用できる環境が完成した」と結論づけるのは、まだ早いと考えています。

今後、確認したいのは次の点です。

  • Google Cloud側の特典クレジットが、実際のAPI利用料に適用されているか。
  • AI Studio側の前払い残高が、どのタイミングで、どのように変化するか。
  • API利用料がどの請求項目に計上されるか。
  • 一定期間利用した後、実際に追加の支払いが発生していないか。
  • 月10ドル相当の特典の有効期限や適用条件に変更がないか。

特に重要なのは、設定直後の残高表示だけで判断しないことです。

利用直後には明細への反映に時間がかかる場合もあるため、利用記録と請求情報を継続して確認する必要があります。

また、今回のように前払い残高を購入する仕組みでは、購入した金額と、最終的に消費された金額を分けて考えなければなりません。

「残高がある」「特典が付与されている」「APIが動いている」。

この三つがそろっていても、最終的な支払いがゼロになるとは限りません。

実際にいくら課金されるかは、別問題です。

ここは、しばらく利用実績を追ってから判断することにします。

7. まとめ:便利な環境はできた。あとは請求を確認する

今回、GROWI 8.0.7のAI AgentにGemini APIを組み込み、Wiki内の複数ページを横断検索して回答を生成するところまで確認できました。

蓄積したナレッジを、ページ名や検索語を思い出すことなく引き出せるようになるのは、個人運用のWikiとしても大きな利点です。

毎月付与されるGoogle Cloudクレジットを活用できるなら、なおさら魅力的な構成になります。

ただし、現時点で確認できているのは、連携と動作の成功までです。

月10ドル相当の特典が実際の利用料にどのように適用されるのか、前払い残高がどう扱われるのか、最終的に追加の請求が発生するのか。

このあたりは、実際の利用明細を見ながら確認していく必要があります。

便利だからといって、課金の仕組みまで都合よく解釈してはいけません。

ひとまず、GROWI AI Agentを使える環境は整いました。

あとは、実際に使いながら請求の推移を観察していきます。

ピボット旅行2026-15『かならず朝は来る』

はじめに

「かならず朝は来る」

この言葉は、朝ドラ『てっぱん』のキャッチフレーズであり、総集編でも語られていた言葉です。

そして、もうひとつ。

「かならず腹はへる」

このふたつの言葉を、筆者は「どんなことがあっても、生きている限り時は進むし、生命活動は続く」という意味で受け取っています。

何があっても朝は来る。お腹もすく。昨日と同じように見える日常も、少しずつ先へ進んでいく。

今回の旅行を待つ間も、朝が来るたびに「旅行がまた近づいた」と思っていました。

そして、ようやく、またこの地を踏む日がやって来ました。

千光寺と千光寺公園

尾道になぜ惹かれるのかについては、先述したとおりです。

その中でも別格と言えるのが、千光寺と千光寺公園からの眺望。筆者の好きな景色を、これでもかというほど詰め込んだような場所です。

ここは、筆者にとっての尾道の原風景とも言える場所です。

瀬戸内の海と島々、街並み、山の斜面に連なる家々。そうした景色をひとつの眺望として見渡せることが、何度訪れても心に残ります。

そして今回は、前項で触れた雨の気配も連れて、この景色を見に来ました。

やって来た朝

では、写真のご紹介と行きましょう。

朝ドラ『てっぱん』でも出てきたポンポン石。

空が灰色でもしっかりと分かる島々。そして造船ドッグの工業美。

尾道のロープウェイ。

そして、千光寺後援を後にします。

ピボット旅行-断章『That’s not a Prediction, that’s a SPOILER!』

はじめに

「That's not a Prediction, that's a SPOILER!」
「それは予測ではない。ネタバレだ!」

この言葉を聞いて、プロレスファン、とりわけWWEを見ている方なら、ポール・ヘイマンの顔を思い浮かべるでしょう。

ポール・ヘイマン。1990年代にECWを率いてWWF(現WWE)、WCWと熾烈な視聴率争いを演じ、現WWEではブロック・レスナーをはじめとする数々の大物レスラーのマネージャーを務めてきた人物です。

彼の武器は、リング上での格闘技術ではなく、マイク一本で状況を支配する話術にあります。

自分の担当するレスラーがいかに強いのか。対戦相手がいかに無謀なことをしようとしているのか。そして、これから何が起きるのか。ヘイマンは、試合が始まる前からそれを観客に叩き込みます。

「うちの選手が勝つでしょう」などという、曖昧な予想ではありません。勝つことは決まっている。あとは、現実がその結末に追いつくのを待つだけ。

だから、これは予測ではありません。ネタバレなのです。

私は、この食えない言い回しが好きです。

もちろん、人格者として尊敬しているとか、人生の師にしたいとか、そういう話ではありません。言葉巧みに相手を追い込み、逃げ道を塞ぎ、最後には「だから言ったでしょう?」とでも言いたげな顔をする。あの悪徳参謀じみた立ち回りがギミックとして最高に好きです。

プロレスは、リングの上だけで完結するものではありません。試合前の宣言も、選手同士の対立も、勝敗が決した後の反応も含めて、一つの物語を形作っています。

ヘイマンは、その物語を語るだけでなく、ときには結末を先に宣言することで、観客にその瞬間を見届けさせるのです。

さて。

そんな言葉が、今回の旅で私の脳内に響くことになりました。場所は尾道、千光寺です。

千光寺にて

千光寺を参詣の折、風鈴の音が聞こえました。音のする方に目を向けると、そこには色とりどりの風鈴が並んでいました。

片手には傘。もう片方の手には、iPhone Air。

特別に写真を撮るつもりで構えていたわけではありません。風鈴の音が聞こえたので、スマートフォンを掲げ、シャッターを切りました。

それだけです。

画面を見て構図を吟味したわけでも、露出を調整したわけでもありません。片手は傘で塞がっていますから、両手でしっかりと構えることもできません。

いわば、ノールック撮影です。そのシャッターを切った途端、この言葉が響き渡りました。プレビューを見る前から、です。

「That's not a Prediction, that's a SPOILER!」
「それは予測ではない。ネタバレだ!」

一枚だけ

今回、掲載する写真は一枚だけです。

※個人情報につながる部分のみAIで消去しています

風鈴のガラスに映る光。色とりどりの短冊。奥へと続く風鈴の列。そして、手前に大きく写り込んだ風鈴。

きっちりと構図を整えた写真ではありません。むしろ、手前の風鈴が視界を遮り、短冊が重なり合い、画面の中には少々雑然とした印象すらあります。

風鈴を一つずつきれいに見せるのではなく、風鈴が並ぶ場所そのものを切り取ったような一枚になっています。写真を撮るために立ち止まったというより、風鈴の音に気づいたときの景色が、そのまま残っているような形で撮れました。

もちろん、毎回こんな写真が撮れるわけではありません。狙って再現できるものでもありません。

ネトフリのドキュメンタリー『WWE:UNREAL』でスーパースター、チェルシー・グリーンがペンタとのインタージェンダー・マッチを行ったときの言葉の方がより適切です。

「もう一度やれって言われてもムリ。完璧なものは再現できない」

まさにそんな形です。シャッターを切った後に、向こう10年は撮れないであろう写真が、そこにありました。

更にお気づきの通り、弊ブログの新たなヘッダーがこの画像です。

「よし、ヘッダーゲット!」と言うより先に脳内の悪徳参謀は、早くも勝利を宣言していたのです。

なので、改めて宣言します。

Ladies and Gentlemen! This picture is the Banner of My WordPress!

ピボット旅行2026-14『なぜ筆者はゴリラルームと相性がよかったのか?』

今回、尾道での行動がうまく組み上がったのには、もう一つ理由があります。

筆者には、昔から妙な特技があります。

タイムコントロールが異様に得意なのです。

目的地までどうやって時間を過ごすか。そこまで歩くのに何分かかり、現地でどれぐらい滞在できるのか。そうした見積もりと実際の所要時間が、妙によく合います。

そのため、電車の待ち時間を単に過ごすだけではなく「ここまで楽しめる」も成立します。

もちろん、時計を見ずに何でも正確に当てられるという話ではありません。移動経路や目的地でやりたいことを把握したうえで、必要な時間を割り振り、実際の行動に合わせて調整する。これが、筆者はどうも得意らしいのです。

そして、この能力がゴリラルームの考え方と非常に相性がよかったというお話しです。

残された時間から逆算する

今回の尾道では、『パン屋行路』で買ったパンを商店街のベンチで食べ終えた時点で午前9時。そして、お昼のために午前11時20分には、もう一度この場所へ戻ってきたい。

つまり、使える時間は約2時間20分です。では、その時間で何をするか。

ここで筆者が選んだのは、千光寺公園まで徒歩で向かうことでした。

ロープウェイを利用すれば、山頂まで一気に移動できます。いわば垂直方向のショートカットです。しかし、駅から乗り場まで移動し、乗車を待ち、山頂から目的地へ歩くことまで考えると、必ずしも水平移動を含めた全体の時間が短くなるとは限りません。

垂直方向のショートカットは、必ずしも水平移動のショートカットではない。

これが今回の判断です。

徒歩であれば、自分のペースで進みながら、尾道の街を歩く時間そのものも楽しめます。目的地に着くためだけの移動ではなく、その過程も旅行の一部にできるわけです。

体調と体力も、計算に入れる

筆者が移動時間を見積もるとき、考慮するのは地図上の距離だけではありません。

その日の体調と体力で、どれぐらい動けるのか。

これも判断材料になります。ただし、ここには条件があります。初めて訪れる場所ではなく、何度も歩いたことのある場所であること。

既知のコースであれば、どこに坂があり、どこで足を止めたくなり、どれぐらい歩けば目的地に着くのか、おおよその感覚が身についています。そこに、その日の体調や体力を加味すれば、実行可能な移動時間を見積もりやすくなります。

さらに、逆算して「どこまで歩けるか」を考えることもできます。

午前11時20分には戻りたい。ならば、往復の移動時間を確保する。途中で見る場所や写真を撮る時間も必要になる。そうすると、どこまで進めるのか、どこで折り返すべきなのかが見えてきます。

単に「行けるところまで行く」のではなく、帰ってくる時刻から逆算して、行動できる範囲を決めるのです。

もちろん、これは何度も歩いた場所だからこそ成立する見積もりです。知らない道や、予想外の勾配、足元の状況まで正確に計算できるわけではありません。

今回は、何度も歩いている千光寺公園までのコースが頭に入っていました。あとは、そこに新しい変数を加えればよかったのです。

それが「雨の歩きづらさ」でした。

既知のコースに「雨」という変数を加える

晴天時なら、この道を歩くのにどれぐらい時間がかかるか。雨天なら、足元に注意するぶん、どの程度余裕を見込むべきか。現地で何を見て、どこまで回れば、午前11時20分に戻ってこられるか。

頭の中で、そうした条件を加えながら行動をシミュレーションしていきます。

もちろん、雨の影響を秒単位で計算できるわけではありません。しかし、コースそのものを知っているからこそ、普段との違いを考慮して、現実的な時間配分を組み立てられます。

知らない道を手探りで進むのと、知っている道に新しい条件を加えて歩くのとでは、必要な判断の量が違います。

そして、ここまで組み立ててしまえば、あとは現場で状況を見ながら進めばいい。

ゴリラルームがやっていること

WWEのゴリラルームも、決められた放映時間の中で番組を成立させなければなりません。

試合を盛り上げたい。選手の見せ場も作りたい。しかし、CMや次の番組進行や思わぬアクシデントの兼ね合いがあるため、好きなだけ時間を使うわけにはいきません。

残された時間を把握し、その中で何を見せるかを決める。状況が変われば、進行を調整する。

筆者が旅行中に行っていることも、構造としてはこれに近いのです。

午前11時20分という帰還時刻は固定する。その一方で、そこまでの経路や、現地でどれぐらい時間を使うかは調整できる。

「『時間』は守る 時間の『中身を充実させる』 『両方』やらなくっちゃあならないってのが旅人の辛いところだな……」

という感じです。その覚悟を決めるために脳内ゴリラルームが機能したのだと思います。

そもそも筆者は、旅行中に時間を見積もり、体調と体力を加味し、配分し、必要に応じて組み直すことを普段から行っていました。ゴリラルームという概念は、まったく新しい能力を授けてくれたのではありません。

すでに使っていた能力に、判断を組み立てるための名前と場所を与えてくれた。

雨で自転車を諦めたことも、朝食を買いそびれたことも、単なる予定変更では終わりません。(もちろん、前者に関しては大いなる苦渋の決断がありました)

再掲すると午前9時。お昼まで約2時間20分。目的地までの道は知っている。自分の体力も、おおよそ分かっている。ただし、今日は雨。

この条件から千光寺公園までの徒歩移動を選んだ時点で、筆者の脳内では、すでに次のストーリーラインが走り始めていたのでした。

尾道、こんなに歩きやすかったんだ

千光寺公園まで続く急な石段を登っている最中、筆者は妙なことを思いました。

「尾道、こんなに歩きやすかったんだ」

尾道には何度も来ています。千光寺周辺も歩いています。しかし、これまでの記憶を振り返ると、夏の盛りや残暑の厳しい時期に歩いていたことが多かったのです。

暑さそのものが体力を奪い、坂や石段を登るだけでも一苦労。しまなみ海道を自転車で走ったあとに尾道へ到着していたこともありました。町歩きの前に、すでに相応の疲労を抱えていたわけです。

ところが、今回は違いました。

  • 暑さによるデバフがない。
  • しまなみ海道を走ったあとの疲弊もない。
  • 雨には注意が必要ですが、気温の面では歩きやすい。

同じ町、同じ坂、同じ石段なのに、体の感じ方がまるで違うのです。

これまでの筆者は、尾道という町そのものを歩きにくい場所だと考えていたわけではありません。それでも、過去に歩いたときの体験が積み重なれば、その印象が基準になります。

しかし、その印象には、夏の暑さや自転車で走ったあとの疲労という条件が混ざっていました。

その条件が取り除かれたことで、初めて気づくことがあったのです。

尾道は、こんなにも歩くこと自体が気持ちいい町だったのか。

時間を逆算し、体力を見積もり、既知のコースを進んでいたはずが、そこで得たのは予定表には書き込めない発見でした。

そして、千光寺で待っていたのは、さらに別の出来事です。

向こう10年は撮れないであろう写真に出くわした。

時間を管理していたからこそ、そこまで歩いてくることができた。しかし、その時間を使って何に出会うかまでは、事前に決められません。

この、特別な一枚については次のエントリーで紹介できるでしょう。

ピボット旅行2026-13『脳内ゴリラルームのストーリー構築:パン屋行路』

はじめに

過日の投稿にて「脳内ゴリラルーム」を設置していると書きました。急ごしらえではありますが、今回の旅行、この概念を手に入れてから正解の目が多くなりました。

これを知ったのはNetflixのドキュメンタリー『WWE:UNREAL』から。

概要

そもそもゴリラルームとは? サクッとこんな感じです。

WWEにおける「ゴリラルーム(ゴリラ・ポジション / Gorilla Position)」とは、選手が入場ステージ(カーテン裏)へ向かう直前にある、試合・番組全体の指揮を執るバックステージの司令部(副調整室)のことです。

主な役割と特徴

  1. 番組進行のコントロール(司令塔)

モニター群やヘッドセットマイクが配置されており、最高責任者(長年指揮をとったビンス・マクマホンや、現在のトリプルHなど)やプロデューサー(ブッカー)陣が座り、番組の進行状況をリアルタイムで監視・指示します。

レフェリーのイヤホンへ指示を出したり、実況陣へコメントを指示したり、試合時間や展開の調整を行っています。

  1. 選手の最終準備と出撃の場

選手たちがリングに入場する直前に待機し、気持ちを整えたり、出番直前にプロデューサーから最終確認を受ける場所です。

  1. 試合直後のフィードバック

試合を終えてステージ奥へと戻ってきた選手を責任者や同僚が出迎え、パフォーマンスの評価や労いの言葉をかける場所でもあります。

これの面白い点として

  • RAW
  • SmackDown

の毎週の興行だけでなく

  • WrestleMania
  • SummerSlum
  • RoyalRumble

を含めた全てで「同じ広さ、同じ調度品、同じ色彩」で統一されているためバックステージとリング(花道)のレスラー達のスイッチのオフオンの場としても役立っているという点です。

なぜこれが必要だったのか?

予定外の出来事に直面したとき、毎回ゼロから考え直すのは大変です。

そこで、脳内にゴリラルームという概念を設けることで、潜在意識が判断のための場所を持てるようになりました。

予定が崩れたとき、意識的に考えるより先に「こう動けばいいのでは?」という選択肢が浮かんでくる。もちろん、必要に応じて意識的に考え直すこともできます。

今回の旅行で、その働きを実感しました。予定外の出来事を単なる失敗で終わらせず、次の展開へつなげる。脳内ゴリラルームは、そんな判断を助けてくれました。

ということで、今回の前置きからの旅行記、スタートです。

非情なる雨

筆者は旅における天候の運勢には自負があります。なので、「晴れてよかった」という心境ではなく

「この場にいる皆様は運がいい。この私の天候運に与れるのだから」

ぐらいの勢い。今回の旅も本来は「特急いしづちで今治まで輪行し、高速船を利用してしまなみ海道をある程度ショートカットしてサイクリングする」が予定でした。

なので、秋雨前線が停滞するという天気予報についても

「いや…… そんなはずはない」

でしたし、輪行を諦めたときも本当に涙を呑んだので。なので、2026年9月26日が雨という予報は確実だったとしても「雨雲が逸れるのでは」は朝、起きるまで確信していましたが……

「雨音で目が覚める」

時点で完全にお察し案件でした。そこで、本旅行記のテーマでもある「ピボット」が役に立ちます。雨天決行は本意ではありません。

「じゃあ、雨ならではの尾道の魅力を確かめろ」

と、早速、脳内のゴリラルームの面々がシナリオを練り始め、寝ぼけ眼で行動開始です。

「近さ故の難点」

不幸中の幸い、この雨を救ってくれたのは宿の立地。「高松駅までほぼ濡れずに行ける」という点です。

なので、その交通手段は心配していません。そしてルートも分かっています。瀬戸内海を突っ切り、岡山と広島の海岸線を真西に進みます。今回の尾道でやりたいことを鑑みても、朝6時頃に出立する必要がありました。

で、ここに一つ油断が生まれます。「実質的な駅ビルのホテルなのだから、駅に向かうのはギリギリでOK」という油断です。なまじっか出発できる時間を知っていたために「ホームにマリンライナーが入線する」というタイミングまで粘り、出立。

その結果「高松駅近くで朝食を買う」オプションが消えました。更に、乗り換えの岡山駅から尾道に接続する路線への乗り換え時間も短い。

脳内シナリオライターの指示

電車は8時台には尾道に到着します。お昼の予定を11時30分に取ると見積もったとしても結構なお時間です。何を食べようか? 思っていたときに件のシナリオライターが指示を出します。

「2024年の尾道、パン屋に寄ったよな? そこは朝からやっているのでは?」

そう、ネーミングの時点で勝利と言える『パン屋行路』の存在。志賀直哉の代表作であり、尾道滞在の折りに構想を練ったという文脈も完璧です。

朝7時からやってるし、雨の中でも飲食できる場所は商店街にあります。であればGoです。

2010年ぶりの「陸路での尾道到着」

海が見える 海が見えた

は林芙美子の一説。

尾道に到着するというタイミングでこれが脳裏に浮かぶ肩はそれなりに多いと思いますが、「輪行」を知って依頼、尾道に到着するときは常に「向島/生口島から尾道水道を渡って」の尾道到着だった次第。なので、電車での尾道というのは逆に新鮮。

そして、雨の中、その林芙美子像を横目に見つつその店『パン屋行路』へと向かいます。

セレクト&オープン

このお店、独自ルールがあります。2人もすれ違うことができない店舗のため、一度に客が入れません。しばらく待って入店し、「これは……!」と思うものをチョイスして会計。早速、近くのベンチで開封です。

「見た目からして勝利」

でした。

グリーンカレーパン

カレーパンはそれこそ食べ慣れていますが、タイの名物料理「グリーンカレー」は話が別です。そもそもあれ、パンにできるのか…… 思いつつ口にしたら、しっかりグリーンカレーでした。

青唐辛子の鮮烈な辛味、レモングラスの香り、ココナツミルクのコク、そこに鶏肉やエノキ、茄子がベストマッチ。そもそもこれらの濃厚なフィリングを受け止めるだけのパンがなければこれを野郎とは思いません。実にいい意味で“INSANIA”と叫びたくなるものでした。

ベーグル

このお店の看板商品。多様なベーグルが並んでいて、どれもおいしそうなものでしたが:脳内シナリオライターが商品セレクトの際に的確に指示を出していました。「カレーの辛味に合うものはこれだ」と。

ずんだ豆を練り込んだ生地とクリームチーズ入りのベーグル。

この辺りの、食べたもの/食べるものからの組み合わせをしっかりと選んでくれたのは感謝です。ずんだ豆の甘味、もちもち生地のベーグル。そして「これでもか」と円筒に入ったクリームチーズ。

いずれも、予め持っておいたお茶とぴったりの味わい。

何より大事な「情報と一緒に食べた」

移動の疲れや昨日の空腹を満たし、胃袋を満足させるご飯。それ以上に「尾道ご当地の名店の焼きたてを、尾道で食べている。それも雨の中」という情報は「単においしいパンを食べた」だけでは終わりません。

未だにその香りや歯ごたえ、そして空気感すら記憶として思い出せる味。

そうして、高松で朝ご飯を買い忘れたというアクシデントが「最高のドラマ」となったのは、ピボット大成功と言うべきでしょう。

ここでのゴリラルームの働きは、単なる「臨機応変に考えよう」という精神論ではありません。過去の旅行記録を材料に、潜在意識が次の行動候補を組み立てているというのが、今回の発見なのだと思います。

ピボット旅行2026-断章『尾道という特異点』

今回の旅行、様々な予定変更がありましたが、断固として変えなかった旅程があります。「どんな状況であろうと尾道に訪れる」です。

本ブログでも2024年に訪れたという記録があります。高松から尾道、いくら「東京からは近い」とはいえ決して近い場所ではありません。

それでも「1回の乗り換えで行ける以上は行く」という強い意志で臨みました。

はじめに

筆者は、なぜこれほどまでに尾道に惹かれるのでしょうか。

瀬戸内海には魅力的な町が数多くあります。今回の旅行でも高松や徳島を訪れましたし、再訪したい場所も増えました。それでも、尾道にはほかの町とは少し違う、何度でも戻りたくなる何かがあります。

今回の旅行では、当初、ブロンプトンを連れていくつもりでした。しかし、天候などを考慮した結果、自転車は家に置いていくことになりました。

これは、筆者にとって簡単な判断ではありませんでした。

また、今回は2010年以来、実に16年ぶりに尾道駅を利用して尾道に降り立つことになります。これまで何度も訪れてきた町ですが、こうして振り返ってみると、訪れ方ひとつをとっても変化していることに気づきます。

だからこそ、旅行記の2日目に入る前に、改めて考えてみたいと思います。

筆者は尾道の何に惹かれているのでしょうか。そして、自転車を置いていくことは、尾道を訪れる意味を損なうのでしょうか。

そこで、今回、蔵出しということで、2010年や2016年の写真をご紹介します。

町全体がひとつの箱庭になっている

尾道の特徴のひとつは、海と島、そして山がつくる独特の地形です。

2010年4月の風景

水平線の向こうまで視界が開ける海ではなく、尾道水道を挟んですぐ目の前に向島があり、その向こうにも海が広がっています。海があり、島があり、また海がある。この重なりが、視界をほどよく区切っています。

千光寺公園などの高台に上がれば、尾道水道と町並みを一望できます。細い路地を歩いているときには気づかなかった町の構造が、少し高い場所から眺めることで見えてくるのです。

町の中にいるときも、町全体を眺めているときも、どこかに自分の居場所を見つけられる。

筆者にとって、この箱庭のような空間構造は、尾道に感じる安心感の大きな要因なのではないかと思っています。

古い寺社と巨大な造船所が同居する町

もうひとつ、尾道には不思議な取り合わせがあります。

山肌に沿って寺社仏閣が連なり、細い坂道や路地が続く。その一方で、尾道水道の対岸や沿岸には、造船所のドックや巨大なクレーンが存在しています。

片や、長い時間をかけて受け継がれてきた祈りの場所。片や、現代の産業を支える鉄と機械の風景です。

しかし、尾道ではそれらが無理に調和させられているようには見えません。寺社も造船所も、観光客のために用意された舞台装置ではなく、町の生活や仕事を支える場所として存在しています。

まだ尾道城(解体前)があった頃

尾道は、過去の町並みを保存しただけの観光地ではありません。かといって、産業だけが前面に出た工業地帯でもありません。古いものと新しいもの、静かなものと力強いものが、互いを排除することなく同じ風景の中に収まっています。

この飾り気のなさも、筆者が尾道に惹かれる理由のひとつです。

2008年、立ち止まった自分を受け止めてくれた町

ただし、尾道への思い入れは、町の地形や景観だけでは説明できません。

2008年、筆者は心身の調子を崩し、仕事を休んでいた時期に尾道を訪れています。3泊の旅行でした。

休業中という状況には、当然ながら不安がありました。日常から離れたからといって、抱えている問題がなくなるわけではありません。それでも、尾道で過ごす時間は、そうした現実からいったん距離を置く機会になりました。

そこで出会ったのは、観光客向けに整えられた非日常というよりも、そこに暮らす人々の日常でした。

町には生活があり、仕事があり、長い時間をかけて積み重ねられてきた営みがあります。特別な何かを演出しなくても、そこに人が暮らしている。その当たり前の風景が、当時の筆者には心地よく感じられたのだと思います。

尾道が筆者を立ち直らせてくれた、とは言い切りません。ただ、立ち止まらざるを得なかった時期に、もう一度自分の足元を確かめるための時間を過ごせた。その経験が、尾道という町を特別な場所にしたことは間違いないでしょう。

『かみちゅ!』で、あの町の見え方が変わった

そして、尾道への思い入れを語るうえで、もうひとつ欠かせないものがあります。

アニメ『かみちゅ!』です。

御袖天満宮に奉納されていた痛車絵馬

ただし、ここでも少し順序が変わっています。

筆者は、作品を見てから尾道を訪れたわけではありません。先に尾道という町を知っていました。そこから『かみちゅ!』の世界に出会うことになります。

きっかけとなったのは旅行中に訪れた尾道商店街の『かみちゅ!』パネル展示でした。展示を通して作品に触れ、そこから原作を知ることになります。

そして、作品について知れば知るほど、不思議なことに気づきます。

  • 「あれ、このアニメの風景、訪れてるぞ?」
  • 「なんで聖地が全部あるんだ?」

順序が逆なのです。

先に尾道を知っていたのですから、作品に登場する風景に見覚えがあるのは当然といえば当然です。しかし、作品を通して町を知るのではなく、知っていた町を通して作品の世界を理解していくというのは、なかなか面白い経験でした。

いわゆる聖地巡礼とは、逆向きの出会いだったわけです。

『かみちゅ!』では、神様という特別な存在が、日常生活から切り離された遠い場所にいるわけではありません。学校や商店街、坂道や町の風景の中に、ごく自然に存在しています。

その世界観は、筆者が尾道で感じていたものと不思議なほど重なりました。

町の中に特別なものがあるというより、何気ない日常のすぐ隣に、特別なものが存在している。

もちろん、作品と現実の町が完全に同じというわけではありません。それでも、先に身体で覚えていた風景に、作品を通して新しい意味が加わった。その出会いは、筆者にとって忘れがたいものになりました。

余談:自室の主祭神

ちなみに、筆者の自室にはフィギュア棚があります。

そこには『ライザのアトリエ』のライザをはじめ、いろいろなフィギュアが並んでいます。そんな棚の中に、ひときわ特別な位置を占めている方がいらっしゃいます。

自室のフィギュア主祭神、百合恵様

一橋ゆりえ様です。

ライザを差し置いて、筆者はゆりえ様を「自室の主祭神」と定義しています。

神様が日常のすぐ隣にいる。それどころか、自室のフィギュア棚に鎮座している。

『かみちゅ!』の世界観を考えると、ずいぶんと筋の通った話ではないでしょうか。少なくとも筆者の中では、尾道で出会ったものが、作品を経由して自室にまで持ち帰られているわけです。

……もっとも、ライザにしてみれば、錬金術で何とかできない相手が自室に君臨していることになります。なかなか大変な話です。

ブロンプトンが広げてくれた尾道

そして現在、尾道を訪れるときには、もうひとつの視点が加わっています。

ブロンプトンという小径車です。

2018年の尾道

徒歩で歩き尽くした坂道や路地も、自転車があれば移動の感覚が変わります。渡船で尾道水道を越え、対岸を走り、さらにしまなみ海道へと漕ぎ出すこともできます。

徒歩で知った町を、自転車で走ることで再解釈する。自転車は、尾道という町の魅力を広げてくれる道具になりました。

だからこそ、今回、自転車を置いていく判断には迷いがありました。

尾道を自転車で走る。その楽しみを知っているからこそ、そこを諦めることは、旅の大きな楽しみをひとつ手放すことでもあります。

しかし、ここでひとつ、整理しておく必要があります。

自転車で尾道を走ることと、尾道を訪れることは、同じではありません。

ブロンプトンがあれば、尾道でできることは増えます。徒歩では少し遠かった場所へ足を延ばし、渡船で対岸へ渡り、しまなみ海道へと走り出すこともできます。

けれども、自転車がなければ尾道の魅力が失われるわけではありません。

尾道水道を眺めることも、坂道を歩くことも、町の中に息づく日常に触れることもできます。2008年に筆者が惹かれたものは、ブロンプトンがなければ出会えないものではありませんでした。

自転車は尾道を楽しむための大切な手段です。しかし、尾道そのものではありません。

ここを取り違えてしまえば、自転車を持っていくこと自体が旅の目的になってしまいます。道具を使うために旅をするのか、それとも、訪れたい町があるから道具を連れていくのか。

少なくとも筆者にとって、尾道は後者です。

もう一度、尾道へ

尾道には、筆者が惹かれる理由がいくつもあります。

町をほどよく囲い込む地形。寺社と造船所が同居する風景。立ち止まっていた時期に過ごした時間。そして、後から出会った作品によって新しい意味を与えられた記憶。

それらは別々の理由のようでいて、どこかでつながっています。

尾道は、日常から離れられる場所でありながら、日常そのものが息づいている場所です。安心して立ち止まることができる一方で、そこからまた外へ向かうこともできます。

だからこそ、筆者は何度でも尾道に戻りたくなるのでしょう。

今回はブロンプトンを置いていきました。それは、尾道への思いを諦めたからではありません。むしろ、何を求めて尾道へ向かうのかを考えた結果でした。

自転車で走る尾道も好きです。しかし、筆者が訪れたいのは、自転車で走るためだけの尾道ではありません。

尾道という町そのものに、もう一度会いに行きたいのです。

2010年以来となる、尾道駅から始まる今回の旅。いつもの相棒を連れていかないからこそ、改めて見えてくるものもあるかもしれません。

それでは、旅行記の2日目に進みます。

ピボット旅行2026-12『なんでもかんでも(everything but the kitchen sink)持っていきたい人のためのパッキング』

はじめに

英語の慣用表現に everything but the kitchen sink という言葉があります。

持ち出すことがほぼ不可能な「重くて固定された流し台」だけを残して、持てるものは何でもかんでも全部持って行く、という大げさな比喩(誇張表現)から生まれています。

旅行のパッキングに限らず、「準備や買い物などで荷物や要素を詰め込みすぎている」場面でよく使われます。

なんというか、「筆者のためにある」ような言葉です。

旅行の準備をしていると、あれも必要、これも必要、あると便利、ないと困る、という具合に持ち物が増えていきます。しかも、筆者の場合は単純に生活必需品だけではありません。旅先で書き物をするための手帳や万年筆、写真を撮るためのカメラ、情報を確認したり文章を書いたりするためのデジタル機器など、趣味と実用が混ざり合った結果、持っていきたいものが際限なく増えていくのです。

もちろん、持ち物を厳選すること自体は合理的です。しかし、旅先で「あれを持ってくればよかった」と後悔するくらいなら、最初から持っていきたい。

問題は、それらをどうやって運ぶかです。

何でも持っていきたいが鞄には制約がある

故林家こん平師匠が『笑点』で言っていた「私の鞄の中には若干の隙間が残っています」。

筆者にそんな隙間は存在しません。

いや、正確には、隙間があればそこに何かを詰め込もうとするので、結果的に隙間がなくなるのです。パッキングの段階で「まだ入る」と判断してしまうのは、ある意味で才能なのかもしれません。もっとも、旅行鞄の容量には限界があり、物理法則は筆者の趣味嗜好に合わせてくれません。

しかも、今回の旅行では、荷物を詰め込めばそれで済むわけではありませんでした。

フェリーで移動し、宿を拠点にして周辺を巡り、前提として自転車で動く(雨でそれはなくなりました)。移動中に持ち歩く荷物と、宿に置いておく荷物を、きちんと分ける必要があります。

すべてを一つの鞄に押し込めば、持ち運ぶだけで一苦労です。かといって、持ち物を大幅に減らせば、旅先でやりたいことまで削ることになってしまいます。

そこで発想を転換しました。

荷物を減らすのではなく、荷物を運ぶタイミングと場所を分ければいい。

要するに、全部を持っていく。ただし、全部を一度に持ち歩く必要はない、ということです。

なので選んだ拠点型旅行

今回の旅行で拠点型の旅程を選んだのは、移動そのものを減らすためだけではありません。

同じ宿に連泊すれば、到着時に荷物を展開したあと、毎朝すべてを鞄に詰め直す必要がなくなります。必要なものだけを持って外出し、帰ってきたら宿に置いておく。それだけで、日中の行動に使える荷物の量を大幅に減らせます。

宿を転々とする旅行では、翌朝の出発を前提に、持ち物をすべてまとめ直さなければなりません。充電器も、着替えも、手帳も、使い終わったら再び鞄の中へ。荷造りをするたびに、荷物全体が移動の対象になります。

一方、拠点型なら、宿の中に「ここで使うもの」と「外へ持ち出すもの」という区分を作れます。

これは単に楽をするための工夫ではありません。荷物を持ち歩く負担と、荷物を使う自由度を切り離すための工夫です。

何でも持っていきたい人間にとって、持ち物を減らすことは趣味や行動の選択肢を減らすことにもつながります。しかし、拠点を定めてしまえば、持ち物そのものを諦めずに、持ち歩く量だけを減らせるのです。

もちろん、宿泊費や移動経路など、旅程全体との兼ね合いはあります。それでも、荷物の多さが旅行の自由を奪ってしまうのなら、旅行の組み立て方そのものを変えてしまえばいい。

これもまた、今回の「ピボット」の一つでした。

拠点で使うためのものの別便

そこで、衣服等を前もって拠点となる宿に送っておきました。

今回の方法では、移動中に必要なものと、宿に到着してから必要になるものを、あらかじめ別々にしておきます。着替えなどのかさばる荷物を先に送っておけば、自分が持って移動する荷物に、すべてを詰め込む必要はありません。

この利点は、まず移動中の負担を減らせることです。

フェリーに乗るまでの道のりでは、駅からの移動、乗船手続き、船内での行動など、荷物を持って動く場面が続きます。そこに数日分の衣服まで加われば、鞄は大きくなり、重くなり、何かを取り出すたびに一仕事です。

先に送っておけば、必要なものは必要な場所に到着している。自分自身は、そこまでの移動に必要なものを持っていけばいいわけです。

もちろん、宅配便を利用する以上、送料もかかりますし、荷物が届くタイミングも考えなければなりません。しかし、これは荷物を消滅させる魔法ではなく、運搬を自分の肩から物流サービスへ移管する仕組みです。

また、「荷物の総量は変わらなくても、鞄の大きさをある程度小さくできる」というのは極めて重要です。

これは筆者がインバウンドの人たちと多く遭遇。マナーを伴わない方々ほど荷物が多く、しかも、電車の入口に陣取っています。なんというか、そういう人たちを見る度に筆者の脳内のエジンベア兵士が

「こんにちは、いなかの人!」

と挨拶をしたいようなレベルです。自分が人にそう言いたい衝動に駆られる以上、人にそう言われるのは本意ではありません。

そのため、一般的な旅行に(要は空港の手荷物として網棚に乗せられるような)キャリーのまま、旅行中に発生する着替えや、旅行中に買ったお土産を一度に送れる。

もちろん、余分な送料は必要ですが、「それで行き帰りのストレスが減る」ならば喜んで支払います。ましてや筆者は車を使わないので。

それがもたらした意義

こうして、旅先で使うものを先に宿へ送り、自分で持ち歩くものを絞ることで、旅行中の荷物を用途別に分離できました。

必要なものを我慢して置いていくのではなく、使う場所にあらかじめ置いておく。考えてみれば、ごく当たり前の物流の話です。

しかし、個人旅行では、荷物をすべて自分で運ぶことを前提に考えてしまいがちです。自宅から駅へ、駅から船へ、船から宿へ。その一連の移動に、すべての持ち物を付き合わせる必要はありません。

今回の方法では、移動中の荷物と、拠点で使う荷物を切り分けたことで、持っていきたいものを維持したまま、行動時の負担を減らすことができました。

これは、単にパッキングがうまくいったという話にとどまりません。

旅先で何をするかを考え、そのために必要な道具を用意。当日になって「今日はお前を採用する」というロースターを組んでおく。

少なくとも筆者にとっては、こちらのほうが性に合っていました。

機動性を良くするための余分なバッグ

そして、荷物を分ける工夫は、宿に送る荷物だけでは終わりません。

そこに入れていたのが、小さなリュックです。

小旅行では持っていけない大仰な手帳・万年筆一式、そしてThinkPadは拠点に置いておき、それ以外のカメラやiPad、そしてモバイルバッテリーを持っていく。

これによって、宿に戻れば本格的な書き物やPC作業ができる一方、外出するときは必要最低限の機材だけで動けます。

ThinkPadはThinkPadで、旅行中に何かを書いたり、調べたり、記録をまとめたりするには便利です。しかし、ちょっとした散策や買い物にまで毎回連れ出す必要はありません。手帳と万年筆も同様で、腰を据えて書く時間があるならともかく、歩き回る時間まで一式を携行する必要はないのです。

その一方で、カメラは持っていきたい。iPadも使いたい。モバイルバッテリーも必要になる。

結果として、小さなリュックが必要になりました。

「余分なバッグ」と書くと、荷物が増えただけのように見えるかもしれません。しかし、これは荷物を増やすための鞄ではなく、持ち歩く荷物を限定するための鞄です。

大きな荷物を宿に置き、小さな鞄だけを持って出る。帰ってきたら、撮影した写真を確認したり、ThinkPadを開いて作業したりする。

荷物を二つに分けたことで、それぞれの荷物が本来の用途に集中できるようになりました。

大きな荷物を持っていくことと、身軽に動くことは、必ずしも矛盾しません。必要なのは、どの荷物をいつ持つのかを決めておくことでした。

スーパーでの買い物に役立った保冷バッグ

今回のMVPです。

この保冷バッグ、元はといえば弁当用のランチバッグとして買っていたものでした。このスリザリンの紋章が入った内側アルミ張りの保冷バッグが、スーパーでの買い物のみならず、東京駅からフェリーまで駅弁を持っていくのにも役立ちました。

旅行に持っていく道具というと、カメラやモバイルバッテリーのような、いかにも旅行用品らしいものを考えがちです。しかし、実際に役立つ道具は、必ずしも旅行専用品とは限りません。

普段の生活で使っているものが、旅先でもそのまま活躍することがあります。

今回の保冷バッグがまさにそれでした。

スーパーで買い物をすれば、冷蔵品や冷凍品を持ち帰ることになります。宿を拠点にしていれば、買ったものを持って帰る場所もあります。そこで保冷バッグがあれば、購入した食品をまとめて運べます。

さらに、東京駅で購入した駅弁をフェリーまで持っていくときにも活躍しました。移動中に食べるものを確保しつつ、持ち運びやすくしておく。単純なことですが、こうした小さな工夫が旅行中の快適さを左右します。

そして何より、スリザリンの紋章入りです。

単に機能的なだけでなく、普段から使っている自分の持ち物を旅行にも連れていく。そういう意味でも、ちょうどよい道具でした。

大げさな旅行用品を新しく買い揃えるのではなく、手元にあるものを別の用途にも活用する。これもまた、持ち物を減らさずに旅行を成立させるための方法です。

今回の旅行で、保冷バッグは食料品を運ぶという実務面でも、駅弁を持って船に乗るという移動面でも、しっかり働いてくれました。

まさにMVP。流し台以外のものを何でも持っていこうとする人間にとって、こうした小道具の働きは侮れません。

そうして買ったもの

ここでようやく、初日の食べ物のお話。スーパーの見切り品となった

  • パック寿司
  • アンキモ
  • うどん
  • 月見団子

このチョイスとしては、パック寿司はそのまま食べられるため、レンジを利用することはありません。アンキモも同様です。月見団子は、この日が中秋の名月(2026年9月25日)だったというのも大きいです。

別視点として「ここの土地の人たちの基準の味付け」を得るためにあります。出汁の使い方、好みなど地方によって千差万別です。

その偏差を利用してよりよく美味しくいただくという舌の準備も兼ねています。

そんな中で食べた香川の「文化」うどん。それをシンプルにいただくための素うどんを買ったのですが……

「え? 茹でてから確実に数時間は経っている(へたしたら半日)でこの腰?」
「なんだこの滑らかさ」

というぐらいで、時間が経っていても、ひいきをしても「これは、違う……」でした。ゆでたてを食べて、検証せねば……

思いながら、この旅行で初の「揺れない部屋」の一夜は過ぎていきました。

ピボット旅行2026-断章『写真撮影のストーリーライン』

はじめに

話は玉藻公園での出来事。ここで筆者のちょっとしたテクニックを紹介します。

割り当て「カメラマン」

玉藻公園の本丸跡で写真を撮っていると、若者を連れた女性から話しかけられました。スマートフォンを手に取っていて「写真を撮ってほしい」と。

見たところ親子連れ。進学した息子に会いに来て、名所を連れていった、等の背景は定かではありませんが「これは親子だろうという両者ともに同じ雰囲気を持つ2人が、旅先で同じような旅人の筆者にカメラを預けた」という、その依頼の方が重要です。

声かけ

この、思い出作りのための旅行(と仮定して)それに倣い、行動しました。

ここで筆者が言ったのはありきたりな言葉ではありません。

「映える」位置、即ち、展望台に立っていただき、自然に声が出ました。

「では、ここに立ってカメラだけ見ててください。そのままで良いので私が動きます。3枚撮ります」

  1. 高松城趾の堀が見える構図
  2. 高松駅方面が見える構図
  3. スマートフォンを縦に構えて近づき、下からの構図

なぜその3枚か?

この手の、後で見返す写真という奴は、非常に重要な要素があります。

誰が写っているか?

これは当然です。写真撮影をわざわざ私に頼んだのです。「2人揃って撮ってもらう」は絶対事項です。

「どこで写っているのか?」

写真館でスタジオと一緒に撮る写真ではないのです。であれば、「あー、周り、こう言うところだったんだ」という記憶のフックは、誰が写っているかと同等以上に重要です。

そのため、

高松城という「本邦でも極めて珍しい、海水を直接掘りに引いている」と分かる一枚。これを最初に撮りました。

次に視点を変えて「いかにも日本庭園のすぐ近くに、再開発された建物群がある」というのもストーリーラインに加えておいたほうがいいという、「ストーリーライン」の延長です。

思い出を固定するための3カウントフォール

最後の思いっきり近づいての構図というやつ。まぁ、これに関しては完全なるお節介です。多くの方が期待しているのはこちらのアップの写真だけのはずですが……

「3カウントフォールが記憶に残るのは、そこに至るまでのストーリーがあるから」

に他なりません。なんか熱心に写真を撮ってる人がいる、その人に依頼をする。であれば「それに至るまでのストーリー」を即興で演じるのが義務だ、と思った次第です。

ちょっとしたTIPS

と、ここまで言うなら単なる私の物語ではありますが:「記録写真」と「芸術写真」は似ているようで違います。筆者は芸術写真を撮るような腕も機材も持ち合わせてはいません。しかし、記録のための写真、旅行の時の写真に関しては「ライブ感・シズル感」に関しては自信があります。

  1. 目線より近づける
  2. 思い出のフックになるようなものを一緒に写す
  3. 日の丸構図をあえて外す

に関しては、骨の髄までたたき込まれている、というお話でした。

目線より近づける

特に食べ物を捕る時に威力を発揮します。もっと近づける勇気。「全体では無く一部を大胆に切り取る」ぐらいの勢いです。

思い出のフックになるようなものを一緒に写す

筆者が「ねんどろいどライザ」を持っていった理由です。「それがどのぐらいの大きさか」というのは存外、馬鹿になりません。

日の丸構図をあえて外す

ライブ感の演出です。

ピボット旅行2026-11『崩れたバイアス-2- 部屋の中の象』

はじめに

筆者が好きな英語の慣用句に「Elephant in the Room」があります。この現"象"に出くわしました。

そもそもElephant in the Roomとは

直訳すると「部屋の中の象」です。

誰もがその存在に気づいているのに、触れてはいけない空気や気まずさから、あえて誰も口にしない重大な問題やトピックを表す比喩表現

です。脳内の「これを引き合いに出したらその後の予定が全部吹っ飛ぶ」ぐらいの衝撃だったのでスルーした、という形。

スーパーの道すがらの大神殿

筆者が旅行する際によく寄るのがスーパーです。そこで生活する人たちがどんなものを食べているのかを知るベースラインになるし、また、特産品もよく分かるからです。何より安く済みます(重要)

そこで、例によってガラスと金属の板で高松駅至近のスーパーマーケットを調べてもらい、スーパーマルナカへと足を運びます。

高松駅を抜けて見えた先に目立ったものは「ふ~ん、レクサスのショールームかぁ……」でスーパーに行ったのですが

それは スルーして いい問題では ありません。

断じて。TopGearでも引き合いに出される程度にはトヨタが威信をかけている高級車ブランドです。そのショールームが「デカい」。

芝浦のショールーム

なんというか、売り場面積は東京の芝浦にある外車専門ディーラーのあのメインショールームと同じぐらいあるのでは? 思いましたが、Gemini調べだとこんな形。(もちろん、実データではないので参考数値です)

項目レクサス高松サンポートヤナセ芝浦(メルセデス・ベンツ東京芝浦 / Audi芝浦)
立地・特徴JR高松駅前・サンポート高松エリア(単体ディーラー店舗)東京都港区芝浦(ヤナセ本社ビル1・2階)
敷地面積約4,000〜5,000 m² 前後約10,590 m²(敷地全体)
ショールーム展示台数約10〜12台前後+オーナーズサロン・オーナー専用ラウンジMB:18台+Audi:12台(合計30台規模)
ショールーム/売り場面積推計 約1,000〜1,500 m²(約300〜450坪)推計 約2,500〜3,500 m²(約750〜1,000坪・ブランド合計

しかし、周りがタワマンに囲まれている場所と大きく開けた場所にある

「夕暮れの海岸にそびえ立つガラスの神殿」

です。しかし、筆者は、それを写真に撮っていません。一枚たりとも、です。

なぜ、撮らなかったのか

理由は単純です。そのときの筆者は、これを旅行の予定に組み込むべき対象だと認識していなかったからです。

目的地はあくまでスーパーマルナカ。夕飯の買い出しです。高松駅を出て、目についた建物を横目に見て、そのまま歩いていく。

「レクサスのショールームがあるんだな」

その程度の認識で通り過ぎました。ところが、帰宅してから考えてみると、「おかしいですよ!」と脳内ウッソが絶叫するレベルです。

あの規模の建築物を、私はなぜ何の疑問も持たずにスルーしたのでしょうか。

東京近郊に住んでいるから、高級車のショールームそのものは珍しくない。レクサスというブランドも知っている。だからこそ、目の前にあるものを「そういう店舗がある」という情報だけに変換し、建築物としての異様さを認識しなかったのかもしれません。

夕暮れの海岸に、ガラスの神殿がそびえ立っている。

それを見て「ふ~ん、レクサスかぁ」で終わらせるのは、いくら何でも雑すぎませんか……?

部屋の中の象は、写真に写っていない

今回の旅行記を書くにあたって、筆者は写真を見返しました。

玉藻公園の庭石は撮ってます。高松駅前の石材も、写真から改めて気づいた。

ところが、レクサスのショールームは一枚もありません。建物の全景も、ガラスの壁面も、夕暮れの光を受けた外観も、何ひとつありません。

「いや、撮っておけよ」

今ならそう思います。しかし、現地にいたときの筆者は、写真を撮ろうという発想そのものがありませんでした。これが、今回の「部屋の中の象」です。

目の前にある。存在にも気づいている。ところが、それをわざわざ取り上げるべき対象だとは考えない。

その結果、旅行記を書く段階になって、重大な記録の欠落が発覚します。

もちろん、英語の慣用句でいう「Elephant in the Room」は、気まずさなどから誰もが認識している問題をあえて口にしないことを指します。今回の出来事は、本来の意味とは少し違います。

脳内の記録係やツッコミ役、決裁権を持つメインフレーム、体調をコントロールするそれぞれが「これはわざわざ取り上げるものではない」という判断が、目の前のものを見過ごさせていたのです。

つまり、象を部屋に入れたのは、ほかならぬ筆者(と脳内筆者会議)自身だったわけです。

予定を吹き飛ばすほどの衝撃

では、なぜ帰宅後になって、ここまで気になり始めたのでしょうか。

少々の自己批判で言うと、前回の玉藻公園で、すでに自分の判断基準が揺らいでいたからだと思います。

「地方の城跡にある公園だろう」と考えていた場所で、東京の名園に引けを取らない庭石に出会った。高松駅前の写真を見直せば、石材を大胆に取り入れた景観が見えてきた。

そうした発見を経てからレクサスのショールームを考えると、単なる店舗では済まなくなります。

高級車ブランドの店舗がある。それ自体は珍しくないかもしれません。

しかし、あの規模と高さ、そして海岸沿いの立地を含めて考えると、そこには街の景観や企業のブランド戦略、地域の都市機能など、いくつもの要素が絡んでいるように見えてきます。

もっとも、建築の設計意図や投資規模について、筆者が現地で確認したわけではありません。ここはあくまで、帰宅してから写真もないまま思い返している段階です。

それでも、一つだけ確かなことがあります。筆者は、あの建物を見ていました。

そして、見ていたにもかかわらず、記録を残す価値があるとは判断しなかった(というよりも想定の外の外で撮影しようという試行が欠落していました)

これは、今回の旅行で崩れた認識の中でも、かなり厄介な部類に入ります。

  • 知らなかったのなら、調べればいい。
  • 見ていなかったのなら、次に行けばいい。

しかし、見ていたのに、見たものの意味を認識できていなかった場合はどうでしょうか。脳内会議の結論は以下の通りです

  • 「本件を次の機会の宿題にする」
  • (全員起立)

次に高松へ行く機会があれば、まずはあのショールームをきちんと見ておきたいと思います。

ピボット旅行2026-10『崩れたバイアス-1-』

はじめに

「脳の自動ショートカット機能によって生じる偏り」、いわゆる「バイアス」が崩れまくったのが今回のピボット旅行です。

もっと端的に言うと「外集団均一性バイアス」と「利用可能性ヒューリスティック」、そして「ハロー効果の別利用」といった陥りがちなバイアス

それを改めるしかない、と思ったのが「玉藻公園」ならびに夕飯の買い出しでした。

行動開始

徳島ラーメン「麺王」でお腹いっぱいになり、“あんぱんまんれっちゃ”に乗り、今回の旅の拠点へとチェックインしたのが始まり。

宿の凄味

母が勧める宿だけあって

  • 高松駅からほぼ濡れずに移動できる
  • 真下がコンビニ

というロケーションが最高の宿。回線速度も十二分です。

「夕飯まで間がある。どっか観光名所はないかな?」と問うまでもなく、旧高松城城趾、玉藻公園があります。

であれば、装備をサクッと入れ替えてそちらへ行くべき、という結論に達しました。

打ち砕かれた外集団均一性バイアス

自分が属していない集団や地域を「どこも大体同じようなもの」と雑に一括りにしてしまう偏りを「外集団均一性バイアス」と呼ぶそうです。

その「同じようなもの」が全然違うということを知ったのが、玉藻公園でした。

待って、これを、踏め……る?

「まぁ、城跡の公園だよね」ぐらいに見ていたのですが敷石、飛び石に圧倒。一つ一つが大人二人で抱えられるような巨岩です。

というよりも、一つ一つが

  • 岩崎邸
  • 旧古河庭園
  • 六義園

レベルの都内の庭園でも「庭石」として立ち入り禁止エリアに鎮座しているレベルの美しさ。正直、「罰が当たるのでは」思いながら歩いて行きました。

その理由

調べて明らかになった事実。

「名石の産地だったから」という特大のバイアス破壊がありました。

玉藻公園の北東、庵治町・牟礼町は、最高級石材として知られる庵治石の産地。緻密な結晶構造を持ち、磨くことで独特の模様が浮かび上がる石です。庭石だけでなく、墓石や石碑、灯籠、彫刻などにも使われてきました。

そして、玉藻公園の沿革を調べて、さらに納得することになります。

  1. 高松城は、そもそも石材と無縁の場所ではなかった。 高松城は1588年、生駒親正によって築城が始まりました。その後、1642年に松平頼重が入封。大規模な改修を経て、松平家11代にわたる居城となります。瀬戸内海に面した水城であり、城そのものが讃岐の歴史と深く結びついていました。
  2. 現在の庭園にも、石を見せるための仕掛けがある。 玉藻公園の披雲閣庭園は、1914年から1917年にかけて、高松松平家12代当主・松平頼壽が披雲閣を建てた際に造られたものです。作庭を手がけたのは東京の庭師、大胡勘蔵。 つまり、東京の庭園文化と無関係どころか、東京の庭師が関わった庭園だったわけです。 しかも、庭園には庵治石を使った石橋をはじめ、大型の飛び石、沓脱石、手水鉢、灯籠などが配置されています。巨大な石材を単なる足場ではなく、庭園の景観を構成する主役として扱っているのです。
  3. その石が、地元で採れる。 ここが最高のアドバンテージです。 東京の名園であれば、庭石として置かれた石を見て「これは立派だな」と思う。ところが高松では、そうした石材を生み出す産地がすぐ近くにあります。岩崎家(三菱財閥当主)や三井家、住友家などの財閥が集めた石の「販売元」的な存在です。

地方だから、という思い込み

私は東京の名園をいくつか見てきたことで、いつの間にか「庭石のすごさ」を東京の庭園を基準に判断していました。しかし、玉藻公園にあるのは、東京の名園に負けない石を、地元の歴史と技術とともに庭園へ組み込んだ景観でした。

「地方の城跡にある公園」という雑な括りで見ていたものが、実際にはまったく違う背景を持っていたわけです。これが、今回崩れた最初のバイアスでした。

2. 東京の威光を借りていた?――高松駅前で崩れる、もう一つの思い込み

ハロー効果とは、対象が持つ目立った特徴に引っ張られ、ほかの部分まで過大評価したり、過小評価したりする偏りです。

今回の私の場合は、その逆方向の現象が起きていたように思います。

筆者が住むのは東京近郊。首都圏という巨大都市のインフラ、企業の集積、情報の発信力。そうしたものを、いつの間にか自分自身の価値や視野の広さと重ね合わせていたのではないか。

そこに住んでいるから、首都圏を基準に考える。東京の名園を知っているから、地方の庭園もその基準で評価する。

「それ、東京の威光を借りているだけでは?」

そんなことを考えながら、帰宅して高松駅前の写真を見直してみました。

そういえば、やたらと「石」を前面に押し出していないか?

改めて写真を見れば、駅前の広場にも石材がふんだんに使われています。第一章で調べた庵治石の産地が、ここ高松の東部にあることを考えると、石材が身近な存在であることにも納得がいきます。

もちろん、駅前に使われている石がすべて庵治石だというわけではありません。それでも、石材の産地を抱える街で、石という素材を公共空間の景観に取り入れている。そのこと自体がかなり正気の沙汰ではないです(褒め言葉)

石材の調達や加工を支える産業が地域に根付いていることは、街づくりにおいても一つの強みになるはずです。

「東京の駅前にも、こんな立派な石材が使われていたかな?」

そう考え始めると、見慣れた東京の風景を基準に高松を評価すること自体が、ずいぶん乱暴な話に思えてきました。

岩場(言わば)、地元の強みを生かせるわけです。

「これ、とんでもないな?」

現地では何となく眺めていた駅前の風景が、帰宅してから改めて戦慄する対象になりました。写真という記録が、現地では気づかなかったものを拾い上げてくれたわけです。

3. 利用可能性ヒューリスティック――「地方は衰退している」という、便利すぎる物語

利用可能性ヒューリスティックとは、思い出しやすい情報や、すぐに頭に浮かぶ事例をもとに、物事の頻度や重要性を判断してしまう偏りです。

地方について考えるとき、私の頭に浮かびやすかったのは何だったのでしょうか。

  • 人口減少
  • 過疎化
  • シャッター街
  • 公共交通の縮小。

もちろん、これらは現実に存在する問題です。しかし、そうした情報ばかりが思い浮かぶからといって、それが地方のすべてを説明しているわけではありません。

ニュースで取り上げられる問題と、実際にその街で暮らす人々が築いている生活や産業は、必ずしも同じものではない。

私は、見聞きしてきた情報から作り上げた「地方」というイメージを、現地を歩く前から当てはめていたのかもしれません。

そもそも高松を選んだ理由

ここで、そもそも私がなぜ高松を旅の拠点に選んだのか、という話に戻ります。

理由は単純です。

  1. 四国各県への移動拠点になる。
  2. 岡山を経由すれば、本州にもアクセスしやすい。

瀬戸内海を挟んで本州と四国をつなぐ、高松の立地です。

高松は、単に四国の一都市というだけではありません。四国を営業エリアとする企業や官公庁の拠点が集まり、金融機関の支店や地域企業の本店もある。例えば、公正取引委員会の四国支所も高松市内に置かれています。

瀬戸内海の海運に加えて、瀬戸大橋による鉄道・道路の接続もある。こうした交通網と都市機能を考えれば、高松を「地方」という一言で片づけることには無理があります。

そもそも、東京に近いことだけが都市の価値を決めるわけではありません。

地域の中で人や物が集まる場所には、それぞれの理由があります。高松の場合は、四国の拠点としての機能と、瀬戸内海を通じた交通の結節点という条件がある。

私は旅行先を決める段階では、その利便性をちゃんと理解していました。ところが、実際に街を見る段階になると、「地方」という大雑把なイメージが顔を出す。

我ながら、都合のよい話です。

現地に行かなければ、更新されない認識

玉藻公園の庭石も、高松駅前の石材も、現地で見なければ気づかなかったものです。

もちろん、事前に調べれば分かったこともあるでしょう。しかし、知識として知っていることと、実際に目の前にして「これは想像と違うぞ」と感じることは別です。

「地方は衰退している」という情報だけを集めれば、地方は衰退しているように見える。逆に、観光地の美しい写真だけを集めれば、どこも素晴らしい場所に見えるでしょう。

どちらも、見たいものや思い出しやすいものに引っ張られた結果なのかもしれません。

今回の旅で必要だったのは、地方を過大評価することでも、東京を過小評価することでもありませんでした。

  • 自分が知っている範囲だけで、知らない場所まで分かったつもりにならないこと。
  • そのためには、実際に歩いてみるしかない。
  • 歩いてみた結果を、帰宅してからもう一度見直すこと

も大切なのだと思います。そして、この「想像とは違う」というのを少なくとも筆者はあと2回は体験することになります。

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