ここ最近、ゲームの記事やLinuxサーバに関するもの以外の雑多なことを書きたいと思う機会がより高まりました。そこで、ブログのカテゴリに雑多な記事を書く『IDEA SPHERE』を新設し、とりとめのない記事を書いていこうと思います。

このカテゴリの第一弾は思考実験とユースケースです。

はじめに

「大容量のデータを東京→大阪へ転送する場合は、NWを増強したりサーバを高性能にするよりも、データディスクを新幹線(のぞみ)で運んだ方が早い」

という真理に近いジョークがあります。これは、TCP/IPを用いたネットワークよりも物理的な手段(スニーカーネットワーク)の方が早いというもの。

このジョークは本当なのか? ということで思考実験を行いました。

思考実験の定義

対決:NW転送 vs スニーカーネット

写真やテキスト、ビジネス文書などが入った大容量データを対象として、これらのデータを「東京オフィス → 大阪オフィス」へ転送した場合、NW転送とスニーカーネットワーク、どちらが早く完了するかを計算します。この複雑な試算に関してはAIの力を用いています。

前提条件

データ群の条件はこちらです。

  • データ: 4TB (4,194,304 MB)
    • ファイル構造: 超多重構造のファイル群(数万単位)
  • ストレージ: SSD
    • 冗長化されていて、ホットスペアとしてすぐに取り出せる。
  • サーバ: 4コア / 16GB メモリ
  • 回線: 1Gbps (理論最大 125 MB/s)
  • オフィスの位置:東京駅および新大阪駅からタクシーで15分程度。

スタートとゴール

  • NW転送側のスタートとゴール:東京側のファイルの転送指示 → 大阪側の転送完了まで
  • スニーカーネットワークのスタートとゴール:東京側のディスクをホットスペアから取り外し、大阪側のサーバに取り付けてRAIDリビルドが完了するまで。

NW転送の試算

A. 理論上の最速値(ベストケース)

回線速度を一切のロスなく維持し、オーバーヘッドが「ゼロ」と仮定した理想値です。

  • 計算:
    4,194,304 MB ÷ 125 MB/s = 33,554 秒
  • 換算:
    33,554 秒 ÷ 60 ÷ 60 ≒ 約 9.3 時間

B. 現実的な試算(オーバーヘッド考慮)

WAN経由での超多重構造ファイルの転送は、ファイルごとのプロトコル処理、メタデータ転送、TCP/IPのACK遅延により効率が大きく低下します。実効速度が理論値の約24%に低下すると仮定します。

  • 理論値:125 MB/s
  • 現実的な実効速度:30 MB/s(理論値の約24%)
  • 計算:
    4,194,304 MB ÷ 30 MB/s = 139,810 秒
  • 所要時間:
    139,810 秒 ÷ 60 ÷ 60 ≒ 約 38.8 時間(約 1.6 日)

試算2:スニーカーネットワーク

反面、スニーカーネットワーク側の速度を試します。こちらはNWの遅延よりも確実な物理変数が加わります。

A. 移動・準備時間

SSDをホットスワップで取り外し、大阪で接続するまでの時間です。

作業内訳所要時間
SSD取り外し・梱包東京側30 分
東京側移動オフィス → 東京駅ホーム30 分
新幹線移動待機・乗車・ホーム移動3.0 時間 (180 分)
大阪側移動新大阪駅 → 大阪オフィス30 分
開梱・サーバ接続大阪側30 分
小計 (物理移動)4.5 時間

B. データ復旧(リビルド)時間

データ転送が完了する(リビルドが完了する)までをゴールとします。ローカルSSD間のリビルド実効速度を 300MB/s と仮定します。

  • 計算式:
    4,194,304 MB ÷ 300 MB/s = 13,981 秒
  • 所要時間:
    13,981 秒 ÷ 60 ÷ 60 ≒ 約 3.88 時間(余裕を見て 4.0 時間とする)

スニーカーネットワーク全体の所要時間

  • 移動時間:4.5 時間
  • リビルド時間:4.0 時間
合計4.5 時間 + 4.0 時間 = 8.5 時間

整理と勝敗

比較対象ゴール所要時間(試算)
NW転送 (理論値)転送完了まで約 9.3 時間
NW転送 (現実値)転送完了まで約 38.8 時間
スニーカーネットワークリビルド完了まで約 8.5 時間

整理した結果、スニーカーネットワーク(約8.5時間)は、ネットワーク転送の理論上の最速値(約9.3時間)よりも速い可能性が高いことがわかりました。

「超多重構造のファイル群」という条件がある限り、ネットワーク転送の現実的な所要時間は著しく悪化するため、スニーカーネットワークが圧倒的に優位となります。

更なる遅延要素: ウィルス対策システムによるスキャン

ただし、上記の計算値は現実的な要素とは言えません。なぜなら、東京と大阪に拠点を持つオフィスであれば導入されていない方がおかしいシステム「ウィルス対策/EPP/EDRの存在」です。

○NW転送時(38.8時間)の影響:

  • エンドポイント
    • 東京側からのPC/Serverファイル読み出し自、及び大阪側PC\Serverの書き込み時に、EPP/EDRなどのセキュリティソフトがファイルI/Oをフックし、リアルタイムスキャンを実行。
  • ゲートウェイ
    • 東京・大阪間の境界セキュリティ(次世代FW)などを持っている場合:
      • このゲートウェイがトラフィックのペイロード(中身)をスキャン。特にZIPファイルなどの圧縮形式は再帰的な解凍・検査が必要となり、GWのCPUに極大的な負荷をかけます。

これは、ネットワーク転送による実効速度の低下に加え、さらに致命的な処理時間の追加を意味し、38.8時間という試算は最低限の時間であり、実際には遥かに長くなる可能性が高いです。

○ スニーカーネット (約3.88時間) への影響
大阪側のサーバーが、SSDからローカルストレージへコピー(300MB/s程度)する際にも、同様に書き込みスキャンが発生します。

速度低下: 300MB/sという高速コピーも、スキャン処理によって低下します。

とはいえ、ボトルネックはネットワークではなくローカルI/Oです。たとえスキャンによってコピー時間が2倍(約7.76時間)になったとしても、ネットワーク転送の現実値(38.8時間)とは比較にすらなりません。

アナログな知恵:個人のデジタルライフに適用する

この前置きは「アナログな/あるいはアナクロな手段がはるかに効果的である」という主張を補強するためのものです。ここからが本番。

母より以下の相談を受けました。

「10年にも及ぶ数万単位の写真ファイルと、極めて重要な住所録ファイルがある。これを新しいPCに移行したい」

この写真には

  • 家族の思い出(筆者や亡き父、祖父母との写真)
  • 推し活(趣味含む)
  • 友人との旅行の記録

など亡くしてはならないデータ群。

これらを確実にバックアップし、新しいPCにコピーする手段として筆者が選んだのは、1TBのUSB-SSDです。

自室に設置しているNASや筆者が用いるクラウドストレージではなく、あえてUSB-SSDという「物理媒体による移動」を選んだのは、前述の思考実験と同じ真理に基づきます。

1. ネットワークボトルネックの完全回避による実効速度の最大化

思考実験で証明された通り、「数万単位の多重ファイル」の転送は、ファイル処理のオーバーヘッドとレイテンシがボトルネックになります。USB接続では、それがほぼゼロになります。

転送方法ボトルネックとなる要素
NAS 経由LAN 速度、プロトコル処理、多重ファイルのメタデータ処理
USB-SSD旧 HDD の読み込み速度、USB接続のSSD書き込み速度

旧PCのHDDの読み込み速度が最大のボトルネックとなりますが、USB-SSDはそれを最大限に引き出すことができ、NAS経由より遥かに高速でデータを吸い出すことができます。

2. データ移行と一次バックアップの同時実現

作業自体がバックアップ生成となります。

  1. 旧PCのHDDからSSDにデータをコピーする。
    • → この時点でSSDが完全なバックアップとなります。
  2. 新PCにSSDを接続し、データをコピーする。
    • → 移行が完了し、SSDはそのまま一次バックアップ媒体として保管できます。

クラウドやNASにアップロード、ダウンロードする二重の手間と転送時間が不要です。

3. コストパフォーマンスの最適化

  • USB-SSD:筆者が購入した1TBのスティック型SSDは1万円以下。
  • NAS:同容量のNASは最低でも2万円以上の初期投資が必要です。

移行が一回限りのタスクである場合、NASの過剰な機能に高額を支払うよりも、安価で高速な「ツール」であるSSDを選ぶ方が、最もコスト効率が高い選択となります。

4. データの独立性と安全性(世代管理)

移行専用のSSDであるため、筆者のNASの既存データと母の「亡くしてはならないデータ群」が混在するリスクが完全に排除されます。また、「このSSDは、旧PCからデータを吸い出したときの原本である」という形で、データ移行の起点となる世代を物理的に隔離でき、高い安全性をもたらします。

5. ITリテラシーへの配慮と安心感

ITリテラシーが低い人にとって、「ネットワーク」や「クラウド」といった実体のない場所にあるデータよりも、「この手のひらサイズの箱に、すべての思い出が入っている」という方が、圧倒的な安心感につながります。操作も「新PCに挿す」だけで完結するため、サポートの手間もかかりません。


まとめ

USB-SSDによる物理移動は、

  1. 実効転送速度
  2. バックアップの確実性
  3. データ管理のシンプルさ
  4. コスト効率

の四点において、高価で複雑なネットワークソリューションを凌駕しました。これは、東京〜大阪間の思考実験で導かれた結論が、そのまま個人のデジタルライフにも適用できることを示しています。

結局のところ、データ移行において最も重要なのは、最新の技術やスペックではなく、「状況とデータ特性を見極め、最も確実で効率的な手段を選ぶ知恵」である、という話。

  • 目的のためなら手段は正当化される:『君主論』
  • 世の中には手段のためなら目的を選ばないというどうしようもない人間がいる:『HELLSING』

の二律背反がありますが、ここに私は

「利用者の目的が達成されるならばシンプルな手段が効果的な場合がある」

の第三軸を加えた上で、本記事を締めくくります。